日経ものづくり 特集

ユニバーサル・デザインに明確な基準はない。
「すべての人が使いやすい」ことを目標に,
「より多くの人」が「より使いやすく」
という取り組みだからだ。
しかし,ユニバーサル・デザインと謳う製品を
利用者が正確に理解するためには,
「どのような利用者を想定したのか」
「どのような使いやすさを,どの程度向上したのか」
といったことをメーカー側が明らかにすることは必要だ。
部分的であってもよい。
メーカー独自の基準作りや業界,
国レベルでの標準化を進めることで,
結局はユニバーサル・デザインが広く,
高いレベルで実現される。(中山 力)

Part 1 使いやすさの基準

   必要条件ととらえてレベルを底上げ
   柔軟性を損なわない仕組みも必要に

Part 2 実現の手段

   現実的な対応だからこそ
   レベルの明確化が重要に

Part 3 未知への挑戦

   人の研究で明らかになる
   使いにくさの原因と対応策

Part 4 生産現場にも使いやすさ

   セル生産の柔軟性は
   多様な作業者ニーズも満たせる


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使いやすさの基準

必要条件ととらえてレベルを底上げ
柔軟性を損なわない仕組みも必要に

「誰もが使いやすい」ことをできる限り目指すのが
ユニバーサル・デザインである。
しかし,製品の種類や利用状況,ユーザー属性によって
「使いやすさ」への評価は変わる。
そのため対象範囲をある程度は限定するのが
現実的な取り組みとなる。
このような状況の中,使いやすさの基準を
決めることの価値が見えてきた。


 「かなり前から,粛々と取り組んできた」(トヨタ自動車車両技術本部第1車両技術部人間工学主査の金森等氏)。人が扱う製品である以上,使いやすさの向上は不可欠なもの。同社が製品開発に人間工学の考え方を適用したのは40年近く前にさかのぼる。
 また,福祉車両「ウェルキャブ」を開発することで,障害者などのニーズにも応えてきた。関連会社において運転補助装置を取り付ける改造を開始したのは1960年代だ。
 この二つの取り組みによって,「より多くの人にとって使いやすくする」ことを実現しているのは間違いない。しかし,これらの取り組みを同社がユニバーサル・デザインとして明確にアピールしだしたのは2000年を過ぎてからだった。
 同社だけではない。近年になって,これまで技術者が個別に取り組んできた使いやすさの実現方法や評価指標を,ユニバーサル・デザインの考え方に基づいて整理し始めた企業が増えてきている(トヨタ自動車の事例に関してはp.52のPart2参照)。

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図●ユニバーサル・デザインが求められる背景
対象ユーザー層を拡大するだけでなく,従来のユーザーを含めて使いやすさを向上することがユニバーサル・デザインでは必要となる。


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実現の手段

現実的な対応だからこそ
レベルの明確化が重要に

クリアすることを目指すのではなく,
ステップアップのために基準を使う。
設計の仕様を決める段階,
完成した製品を評価する段階のいずれでも
明確な基準があってこそ,
使いやすさのレベルを着実に高めていける。
公的な基準へ対応しつつも,
各社独自の工夫を加えていくことが不可欠だ。


 「ユーザーへアピールするために,明確な指標を決める必要があった」(トヨタ自動車車両技術本部第1車両技術部人間工学スタッフエンジニアの渥美文治氏)。トヨタ自動車が消費者へ使いやすさを説明するために,開発プロセスで活用していたさまざまな指標を整理したのは,2003年5月に発表した「ラウム」が始まりだ(図)。
 以前のクルマも人間工学の視点や使用シーンを踏まえて開発していた。しかし,それらを体系化し,より客観性・汎用性のあるものとすることで,評価結果を具体的に提示可能にした。

二つの指標で評価
 ユニバーサル・デザインの評価指標としては,「エルゴインデックス」と「シーン適合度」という二つがある。エルゴインデックスは,人間工学の側面から見た性能評価の指標で,人間の体格や身体機能などを考慮した使いやすさを表す。シーン適合度は,ユーザーのクルマに対する要求(シーン/使い方)が実現された度合いを示す指標だ。
 エルゴインデックスには180の評価項目があり,以下の六つのカテゴリに分かれる。ペダルやシフトレバー,ステアリング・ホイールなどの「主運転機器装置」,前席と後席などの「乗降性」および「姿勢,居住性」,ドライバーからの「視界,取り回し性」,「メーター類視認性」,エアコンやAV機器などの「インパネ・スイッチ類」―である。

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図●「ラウム」で取り組んだユニバーサル・デザイン
助手席側ドアの大開口化。


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未知への挑戦

人の研究で明らかになる
使いにくさの原因と対応策

ユニバーサル・デザインの基準化を
難しくしている要因の一つが,
「人」に関する未知の領域,
研究する余地が大きいことだ。
「何が使いにくいのか」
「使いやすくするためにはどうしたらよいのか」―。
基準がない部分を補完し,
新たな基準を作るためにも人の研究が不可欠となる。


 昔に比べ,日本人の体格は大きく変わった。体格だけでなく,子供の筋力の低下,自立して生活する高齢者の増加など,人間の特性なども常に変化し続ける。加えて,生活スタイルの違いによっても使いやすさの基準は変わってくる。一度,使いやすさの基準を決めたからといって,いつまでも同じ基準を使い続けられるとは限らず,定期的に見直すことが必要だ。
 また,現状の基準をクリアすることだけではユニバーサル・デザインを実現したとはいえない。基準をクリアした上で,どこまで未知の部分で使いやすさを追求できるのか。ここに,他社との差別化を実現できる大きな要素が含まれている。

選べない公共機器
 沖電気工業が開発したATM(現金自動預け払い機)の新製品「ATM-BankIT」(図)。「公共機器では多種多様な人がユーザーとなり得る上に,使う人は機器を選べない」(沖電気工業研究開発本部ヒューマンインタフェースラボラトリ主幹研究員の三樹弘之氏)。そのため,ユニバーサル・デザインの考え方が強く求められるという。
 同製品では,車イスの利用者も近付きやすい筐体の採用のほか,カードや通帳,紙幣を投入する位置を光で案内する仕組みなどを導入。さらに,高齢者などATMの利用に不慣れな人でも間違いなく使えるような操作画面「かんたん操作モード」も導入している。

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図●ユニバーサル・デザインを考慮したATM(現金自動預け払い機)「ATM-BankIT」
沖電気工業が2005年7月に発売した新型ATMでは,車イス利用者や視覚障害者の利用に配慮したほか,高齢者にも使いやすい操作画面を用意した。


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生産現場にも使いやすさ

セル生産の柔軟性は
多様な作業者ニーズも満たせる

一般消費者向けの製品だけでなく,
プロが従事すると考えられている生産設備にも,
ユニバーサル・デザインの考え方は適用できる。
特に,ライン生産からセル生産への
移行がその取り組みを後押しする。
作業者に対する柔軟性の高さが,
生産効率と品質の向上へと結び付くのだ。


 ユニバーサル・デザインというと,消費者向け最終製品での取り組みが普通。生産設備など,いわゆるプロ向けの製品では少々使い方が難しくても,機能や性能が優れていることが求められるからだ。
 しかし,生産設備も人間が取り扱うという点で違いはない。使いやすさを高めることは,メリットを生みこそすれデメリットとはならないはずだ。

使い手を選ばずに
 本誌が実施したアンケート調査からも,生産設備面でユニバーサル・デザインへの取り組みが高まってきていることが明らかになった。現状での取り組み実績は消費者向け最終製品が先行しているが,生産設備の方は取り組みが始まったばかりとはいえ急ピッチで広まっている。
 具体的には,ユニバーサル・デザインへの取り組み状況を聞いたところ「最近,積極的に取り組み始めた」と回答したのは全体の21.6%。これを回答者が取り扱っている製品の種別で分析すると,「消費者向け最終製品」が24.6%なのに対して,「生産設備(生産設備向け製品を含む)」では26.5%となる。

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図●改善場の様子
作業台や治具などを改良する専用のスペース「改善場」を確保。より作業しやすい環境づくりを積極的に進められるようにした。