日経ものづくり 特報

インクカートリッジ訴訟
キヤノン勝訴の死角


キヤノンとリサイクル・アシストが争うインク・ジェット・プリンタのインクカートリッジ訴訟。キヤノンが製造するインクカートリッジの空き箱を回収してインクを詰めた再充填品を,リサイクル・アシストが輸入して日本で販売。この行為をキヤノンが特許侵害として差し止めた。東京地方裁判所の判決はリサイクル・アシストの勝訴。だが,知的財産高等裁判所はキヤノンの逆転判決を言い渡した。この判断が本当に「妥当」なのか。キヤノン逆転判決に潜む課題を探る。 (近岡 裕)

Part 1―――プロパテントの影

特許重視し開発の努力に報いる
消費者とリサイクルには冷や水

 インクカートリッジをめぐって,キヤノンとリサイクル・アシスト(本社東京)が争う「インクカートリッジ訴訟」が,製造業とリサイクル業者,知的財産関係者の注目の的だ(図)。
 空になったインクカートリッジに再びインクを充填した製品(再充填品)を,リサイクル・アシストが中国から輸入して日本で販売。この行為をキヤノンが特許侵害であると主張し,リサイクル・アシストが反論。裁判所の判断を仰ぐこととなった。
 2006年1月31日,控訴審である知的財産高等裁判所(知財高裁)は次のような判決を下す。「原判決を取り消す。リサイクル・アシストはインクカートリッジを輸入も販売も,販売のための展示もしてはならない。所有するインクカートリッジは廃棄せよ」。
 つまり,知財高裁は,原審である東京地方裁判所(東京地裁)が2004年12月に示した判決を覆し,キヤノンの「逆転勝訴」を言い渡したのだ。
 リサイクル・アシストはこの控訴審判決を不服として2006年2月13日に最高裁判所(最高裁)に上告した。
 キヤノンがリサイクル・アシストに対して侵害を訴える特許は,いわゆる「インク吸収体(保持体)」に関する特許だ。インクカートリッジの中に詰めてインクを保持するスポンジ状の部材で,キヤノンは「負圧発生部材」と呼ぶ。

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図●リサイクル・アシストのインク・カートリッジのインク再充填品

Part 2―――キヤノン側の言い分

西村ときわ法律事務所弁護士の 岩倉 正和氏

どんな理屈を並べても特許侵害だ

 一審(原審)判決には驚きました。「え,キヤノンが負けちゃったの?」と。二審(控訴審)判決は妥当な判決に戻ったと理解しています。
 正直申し上げて,我々(キヤノンの代理人)には一審判決がいまだに理解できません。それほど一審と二審とでは判決内容が異なっています。特許侵害は特許侵害。その行為をどのように正当化しようともそれが変わることはありません。リサイクルがどうとか,別の理論を持ってきても無理で,侵害行為は侵害行為なのです。
 我々から見て,一審判決はリサイクルの重要性を全面に押し出しています。リサイクル保護法まで持ち出しているほどです。事実認定の部分でも,正直申し上げてあまり合理的な判断はなされていませんでした。控訴審では,こうした一審判決のおかしなところをすべて指摘してひっくり返したつもりです。
 二審判決でも述べられていますが,仮にリサイクルの保護が重要だとしても,「リサイクルが大事だから,特許権を侵害する行為があっても,その侵害は問わない」などという理屈は,世界中のどこにもないのです。その意味では,一審判決と二審判決とは根本的に違っています。

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Part 3―――リサイクル・アシスト側の言い分

日比谷パーク法律事務所弁護士・弁理士の 上山 浩氏

これで侵害ではリサイクルは無理

 知的財産高等裁判所(知財高裁)の判決には,知財関係者だけでなく企業の方からも「なぜこうした判決になるのか」と驚きの声が上がっています。驚いている人が圧倒的に多いのではないでしょうか。
 知財高裁の判決を読む限り,上告してこうした判断が覆る可能性は大いにあると思っています。知財高裁はできたばかりで,上告して判断がひっくり返るほどの事件はまだありませんが,高裁の判決が最高裁判所で覆るケースは山ほどありますから。
 しかも,この判決はリサイクル品に対してかなり厳しい基準を設定しています。今回の判決をこのまま確定させてしまうと,リサイクル業界の実務に与える影響はかなり大きいでしょう。その点も考慮すると,上告しない理由はどこにもありません。