1.研究背景と目的

 岩手県陸前高田市は、隣接する同県大船渡市や宮城県気仙沼市と共に三陸海岸の南寄りに位置する。山が海に迫る地形が続く三陸海岸でも複雑な地形を有し、典型的な沈水海岸である。リアス式海岸の広田湾の奥に市街地が広がり、津波が高くなりやすい地形であったため、かねてから防潮堤などの津波対策を誇っていた。しかし、2011年3月の東北地方太平洋沖地震では想定を上回る大津波が襲来し、市街地は壊滅的な被害を受けた1)

 図1に、陸前高田市周辺地図と、2011年震災時の津波到達ラインを示している2)。津波は気仙川を遡り、上流地域にも被害を与えた。本研究で対象とした竹駒町は、海岸から約3.5km内陸部に入り込んだ位置にあり、なおかつ直接海が見える場所ではないものの、気仙川を逆流した津波が到達し、住宅や田畑、道路や橋などの被害を受けた地域である。この場所は高田街道と今泉街道が交差する交通の要所でもあり、また標高100mを超す山々とも隣接していることから、震災後に仮設の店舗や銀行、事務所などが多数設置されるようになった。2013年時点で、陸前高田市内で最も活気のある地域となっていた。

 ただしこの仮設店舗や事務所群はあくまでも仮設の前提で建設されており、都市計画のマスタープラン上にはこれらの施設を生かす計画はされていない。防潮堤の設置や地盤の嵩上げ、高台の整備などが行われた後にそれらの地域に移設される予定である。しかし、都市整備のスケジュールは曖昧な部分があり、どの時期に移転することになるかは確定されていない。

図1 陸前高田市と研究対象位置図
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 内陸部につくられた仮設建築群による街であっても、津波による被害を受け、また現在は市民の生活の場となっていることから、夜間の安全性や安心感を照明によって確保することは重要である。本研究は、高台への避難を促すための避難誘導照明を検討し、津波が夜間に襲ってきた時の対策として地域の人達が常に高台方向を意識できるような光環境を構築することを目指すものである。

 避難行動や避難誘導に関わる既往の照明効果の研究は、建物内火災を対象としたもの3)、煙の中の視認性を検討したもの4)、夜間の屋外避難照明を対象とした調査研究と整備に対する課題を指摘したものがある5)。夜間の津波からの高台避難を誘導する照明設備は、2011年の震災後、国土交通省によって「港湾の津波避難施設の設計ガイドライン」がまとめられ、照明灯や非常用電源の整備指針が示されている6)。浜松市など沿岸部の自治体では補助金などによって整備が進められている。また筆者らは、震災直後の岩手県釜石市において、避難誘導を促すような仮設照明を設置したり、どのような照明の条件によって避難誘導と省エネルギーと地域景観との調和を確保できるかについて検討したりしてきた7・8)

 被災地における照明環境の研究は、そこが恒久的でなくても生活が営まれている場合には、できる限り速やかに対応するべきであり、研究対象としながらもその成果を還元することが重要である。また避難誘導と共に、その地域に求められる夜間の安全性や心理的な課題を照明によって低減することも求められる。そのためには一般的な基準や方法にとらわれず、場所や人の状況や予算に応じて、照明方法を柔軟に検討することが必要であろう。本研究も既往の知見を踏まえながら、現地調査を基に迅速に取り組むことを目指した。