「日本における医療ビッグデータの現状と未来」をテーマにパネル討論

2015/03/09 00:00
小口 正貴=スプール

 「日本における医療ビッグデータの現状と未来」と題して開催された平成26年度 日医総研シンポジウム(2015年2月12日開催)。パネル討論として、事前に講演した東京大学大学院医学系研究科 医療経営政策学講座特任准教授の山本隆一氏(関連記事)、国立がん研究センター がん対策情報センターがん統計研究部がん医療費調査室長の石川ベンジャミン光一氏(関連記事)、ミナケア 代表取締役の山本雄士氏(関連記事)の3人が登壇、会場の質問に答える形で議論が進められた。座長は日本医師会常任理事の石川広己氏、石井正三氏が務めた。

 議論に先立ち、座長の石井氏が「データベースとバイオバンクにおける倫理的考察に関するWMA宣言案」を紹介。これは世界医師会(WMA)による宣言案で、石井氏が「ヘルシンキ宣言」(WMAが1964年に採択した医学の研究倫理指針)の改訂ワーキンググループに2度参加した縁で取り上げたものだ。

ディスカッションの座長を務めた日本医師会常任理事の石川広己氏(左)、石井正三氏(右)
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 データベースやバイオバンクといった新しいトレンドを、当初はヘルシンキ宣言に盛り込むか否かの議論もあったそうだが、結果的には「ソケットの部分だけ作っておき、その上で新たなガイドラインを作るべきという方向になった」(石井氏)。いまだに草案に止めているのは、現状の案に関しての反響が大きすぎて、パブリックコンサルテーションが必要だと判断したからだという。今回の講演のテーマとも深く関わるため、石井氏は聴衆に対して、会場で配布したアンケートによる意見収集を促した。

「何でも医師がやらなくていい」

 パネル討論は「医師以外の人々のデータベース運用についてどのように考えていくべきか」という質問から始まった。これについて山本雄士氏は、「医療の範囲が拡大する中で、医師が全部やるのは難しくなるため役割分担は必須になる。診断そのものが難しく、医療方法が一義に決まらないものに関しては今後も医師の仕事に違いない。だがほとんど全国の医療機関で等しくやっているものは、それを医療行為とせず、何でも医師がやらなくていいのではないか。境界線もますます不明確になるだろう」と答えた。

ミナケア代表取締役の山本雄士氏
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 続く質問は「DPCデータの不得意な部分について。個々の患者要因が無視されてデータがひとり歩きすることはないのか」というもの。これに関しては石川ベンジャミン光一氏が「我々は10年間ほどDPCデータを扱ってきたが、まず解決しなくてはいけない問題はDPCの支払いがきちんと機能するように、分類や支払いの点数などの改定を進めること。これを軽視して先に進むつもりはない」と明言。DPCデータは利用の敷居が低いゆえに玉石混交の部分があるものの、どのように上手く活用していくかを専門家に判断してもらい、ある程度まで研究レベルの戦略を立てた上で運用したいと語った。

 この質問に対しては山本隆一氏も次のように回答した。「本日、我々3人が話したデータは、さまざまな実データ。このデータを使って何かを分析する場合は、どれほど分析に影響する因子があるかがよくわからない。ビッグデータ分析はある程度解釈の幅があると考えたほうがいい。いわゆる臨床治験や実験室で作成するデータとはかなり異なる。そこを十分に理解して結果を見なくてはいけないし、それこそがビッグデータの特徴だ」。

医療ビッグデータの目的は…

 ここで座長の石井氏が「チーム医療の時代だけに、さまざまな関係者とコラボする機会が増えてくる。データの守秘義務、倫理に目配せしなくてはいけないのではないか」と質問。これには山本隆一氏が「そのために今、ルールづくりをしている。現在進行している個人情報保護法改正案も踏まえて、今後は指針の見直しも十分に考えられるが、データを提供するガイドラインを明示的に、誰が見てもわかるようにルール化していかなくてはならない」と、ガイドライン策定についての方針を明かした。

東京大学大学院医学系研究科医療経営政策学講座特任准教授の山本隆一氏
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 続いて大阪府医師会の医師が「医療ビッグデータは国民のために用いるデータ。目的が定まっていないと、ビッグデータに両手を挙げて賛成できない部分もある」との懸念を述べた。これに対しては、山本隆一氏、石川ベンジャミン光一氏、山本雄士氏がそれぞれの立場から次のように語った。

 「医療機関が行なった行為から取ったデータは、もちろん目的があって編集されて提出している。そのデータを集約して、医療費適正化計画に資するために分析するという法律でデータベースが作られた。誰かが独占して何かをするのはできる限り避け、これらを活用していろんなスナップショット、インテリジェンスを作るというのは、進めるべきだろう」(山本隆一氏)。

 「ビッグデータは医療機関の発生源から2次利用の時点でセキュアな枠組みを作るべき。その上で例えばデータの解析場所を提供して、さまざまな人に活用してもらう。ただこうした予防面だけで上手く行かない部分は、やはり政策面での保証が必要になる。今後、クリニカルインディケーター(医療の質の指標)によって、医療の内容が策定できるようになれば、品質を保証していくことも可能。医療を定量的にきちんと評価していくさまざまな指標を作っていく必要があるだろう」(石川ベンジャミン光一氏)。

 「悪意を持ったデータ活用は罰するべきだが、さまざまなプレーヤーが思いを持って集まっている医療の世界を見ると、利害が不一致の中でそれぞれが自身の言いたいメッセージを出すために情報を使うことも止められない動きとなっている。そうした場で主張できるだけの根拠を作っていくというのが、これから我々に求められているのでないか。利害のすり合わせという意味では、これから取り組むべき課題は多い」(山本雄士氏)。

患者のメンタルにビッグデータは使えるのか

 次に徳島県医師会の医師が、「患者のメンタルな部分はビッグデータでつかめるものなのか」という質問を投げかけた。これに関しては石川ベンジャミン光一氏が、「現状でビッグデータとして整っていて、メンタルな部分に使えるものはほとんどない」としながらも、某企業が職場の幸福度ないしは組織活性度を図るためのデバイスを開発したニュースに紹介。既にビッグデータを集積して、精神状態を評価する研究が始まっていることを示した。

国立がん研究センターの石川ベンジャミン光一氏
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 最後は地域医療構想におけるビッグデータの取り組みについての質問が飛んだ。これには山本隆一氏が「地域医療構想等に係る医療法の改正で、データに基づいて医療計画を作るということになっており、厚生労働省の中でガイドライン策定委員会が設立された。現在は詳細をガイドラインにまとめている最中だ。ナショナルデータベース(NDB)についても地域医療計画で使ってもらえるように各都道府県に対して、申請があれば使い方の講習を含めてデータを提供することになっている」と回答した。

 また、石川ベンジャミン光一氏はその回答に重ねるように「究極的には2025年の地域の医療提供体制をどのような形にするのかが重要になる。データが全てではなく、データの先にある議論と医療従事者の思い、目標がこれから問われるのではないか」と述べた。

 ディスカッション終了後は、日本医師会副会長の松原謙二氏が閉会の挨拶を行なった。「患者の命と健康を守り、幸福にしていくために、ビッグデータを手段として用いるのが我々の使命。患者の最も大事な要素である個人の秘密が漏れないようにしながら、公のために使っていく」と宣言して、今回のシンポジウムを締めくくった。