日本企業の知財・標準への取り組みの指針を得るべく2014年に知財や競争政策の専門家らが実施した「欧州共同調査」。本連載では、この調査に参加した研究員らが、この調査で得た知見を示す。第1回となる今回は、東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員の二又俊文氏が欧州企業の標準と知財の取り組みについてレポートする。

 今、企業の「標準化」戦略が見直しの時を迎えている注1)。これまで業界標準の取得は、企業の利益に直結するものと理解されてきた。ある技術分野が標準化されると、その分野に多数の企業が参入する。競争が実現され、効率的で、迅速な産業秩序が実現される。それによりエンドユーザーが恩恵を享受できる一方、世界的に巨大な市場規模が形成されるので、企業にとっても大きなリターンを期待できる。つまり、費用をかけて標準化活動を継続する意味があったのだ。

注1)本論で取り扱う「標準」は、ISO、IECなどの国際標準化機関において定められるデジュール標準、業界団体などがフォーラムという形で定めるフォーラム標準、さらに、たとえ1社が提唱するデファクト標準であっても、業界に広く受け入れられることで、事実上の「業界標準」となる標準のすべてを指す。「標準」なるべく広い意味で捉えることで、標準を戦略的な観点でみることができるからである。

 しかし、この標準化の意義も単純なサイクルに収まらなくなってきた。例えば、携帯電話分野だ。かつての携帯電話機メーカーの雄、米Motorola社やフィンランドNokia社は、通信分野での標準化活動に熱心だった。市場も大きくなり、大きな利益をあげることができていた。ところが、スマートフォン時代になり、これらのメーカーに代わり、新興の米Apple社や韓国Samsung Electronics社、さらには、これまで覇権争いとは無縁と思われていた中国メーカーが台頭してきた。特に、iPhoneでまたたくまに市場を席巻したApple社は通信分野での標準化活動には熱心でないにもかかわらず、他社が、構築した標準の成果を貪欲に取り入れる形でシェアを急拡大させた。これは、産業構造の変化とともに、標準化活動の意義が変化していることを示す端的な例である。
 この産業構造の変化と、これに伴う標準戦略の練り直しの必要性について、最も痛感しているのは欧州だ。欧州では長きにわたる標準の伝統があるが、この数年、議論が活発に交わされ、「標準と知財との関係」についての考察の成果が見えてきている1)2)


1)Knut Blind et.al.,“Study on the Interplay between Standards and Intellectual Property Rights (IPRs) ,”Final Report, , April 2011.
2) Frauenhofer, “Patents and Standards, A modern framework for IPR-based standardization”, EU report, March 2014.

 たしかに、日本は標準化活動では長い歴史を有する。しかし、欧州で共有されている標準をビジネス強化のための手段に積極的に使うという「戦略ツールとしての標準」の意義がどれほど理解されているだろうか。日本の国際標準に関する、ある専門家は「『標準化とは工業標準規格(JIS)をつくることである』という刷り込まれた固定概念」の存在を指摘している3)。また、標準と知財との関係について、「水と油の関係」として、相互に果たすべき役割分担がかみ合わない不幸が依然続いているように見える注2)


3) 市川、「標準規格が社会制度間で決める欧州」、『日経ビジネス』、2013年12月6日。
注2)日本では、標準は誰でも実施、実装できる。これに対して知財は、それを持つ者だけが独占的に実施、実装できる。したがって、必ず両者は対立するという二者択一の議論すらある。

 実は標準も知財も、目的は同じだ。それは、イノベーションを創出し、当該技術がマーケットで受け入れらえることを意図している。つまり、標準と知財は同じ目的を別のアプローチで目指そうとするものであり、その関係は補完的な関係にあると考えるべきなのだ注3)

注3)欧州競争当局はこれをcomplementary(補完的)な関係と表現する。