図1 電池の火災事故を報じた記事
ソニーの郡山工場にてエージング中の電池100万個が焼失したと、『日 経エレクトロニクス』が1995年12月4日号で報じた。
 

 1995年11月4日早朝─。順調に成長しつつあったソニーの電池ビジネスに大きな危機が訪れた。福島県郡山市にある電池会社、ソニー・エナジー・テックのLiイオン2次電池(LIB)の製造現場(第3工場)で火災が発生したのだ(図1)。

 筆者がちょうど海外出張から帰国した日で、妻に帰国の無事を知らせた時に聞かされた注1)。我が耳を疑った。すぐさま工場と連絡したところ、工場内のエージング室と充放電室が全焼したとのこと。従業員が初期消火に努めたけれど及ばなかったという。

注1) 筆者は飛行機が苦手なため、飛行機には乗らずに済むように海外出張を避けていた。ところが1995年11月2日、米国ロサンゼルスにあるCARB(California Air Resources Board)を訪問する羽目になってしまった。カリフォルニア州は当時、車の排気ガス規制を厳しくし、ゼロ・エミッション・カー(ZEV)の比率を増やそうとしていた。そこで電気自動車の電源となり得るLIBの有効性を検討したい、ついてはLIBの技術をレクチャーしてほしいと要請があったのだ。現地で2時間のミーティングをして、1泊だけしてとんぼ返りという慌ただしい出張だった。そして、帰国途上の機内にいる時、その出火事故は起こった。
†エージング=LIBは製造してすぐに出荷するのではなく、充電状態で1 ~ 2週間放置する。これをエージングと呼ぶ。目的は主に二つある。一つは異物などが混入して内部ショートを起こしている電池を見つけることである。内部ショートがあれば放置中の自己放電が多くなるため、電池の端子電圧降下が大きくなる。そこで、一定期間放置後の電圧降下を測定して、基準よりも電圧が下がっているものを排除する。もう一つはSolid-Electrolyte Interface(SEI)と呼ぶ層を負極の炭素表面に形成させることである。SEIは主として、電解液と支持電解質の分解生成物や炭素表面の官能基などから合成される薄い被膜で、エージング中に炭素表面を被覆するように付着する。電子は通さないがイオンは通すという、固体電解質のような性質を持つ。LIB負極はLi化合物であるから、もともと高い活性度があり、急激な反応を起こすと事故につながる。SEIはこの反応性をある程度抑えることによって、急激な反応を抑制してLIBの安全性を保つ働きをする。