「三軒長屋」という古典落語をご存じだろうか。鳶(とび)の頭(かしら)、質屋の妾(めかけ)である若い女、剣術の先生が住む3軒がつながっているという長屋での出来事だ。頭の家からは集まった若い衆の大声が、先生の家からはやかましい稽古(けいこ)の音がして、妾は静かに暮らすどころではない。たまりかねて質屋のだんなに泣き付くと、長屋が抵当に入っていることを理由にして、頭と先生を追い出してくれるという。これを聞き付けた頭と先生は、50両ずつくれるならおとなしく引っ越すとだんなに持ち掛けて金をせしめた。ところが、ふたを開けてみたら頭が先生の家に、先生が頭の家に越していたというオチ注1)1)

注1) この落語は、中国の明の時代にまとめられた「笑府」という本にある話を翻案したものだという。

 ここで、わざわざこんな話を持ち出したのは、Liイオン2次電池(LIB)の充放電反応が、「三軒長屋」とそっくりなためだ。

図1 LIBの基本原理
正極(LiCoO2)と負極(C)との間でLiイオンをやり取りすることによって充放電する。
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 図1は、LIBの充放電のメカニズムを模式的に描いたものである。正極( ここではLiCoO2)と負極(黒鉛)は、両方とも図のように層状構造になっていることがポイントだ。

 従来の2次電池では充放電に伴って、酸化還元反応、つまり化学反応が起こる。例えば、Ni-Cd2次電池では、充電により正極が酸化されてNi(OH)2からNiOOHに変化し、一方の負極はCd(OH)2が還元されてCdになる。放電では逆にNiOOHは還元されてNi(OH)2 に、Cdは酸化されてCd(OH)2 となる。

 ところが、LIBではこのような酸化還元反応は起こらない。充電の際には、正極の層間にあったLiイオン(Li)が負極層間に移動、つまり「引っ越しをする」という、ただそれだけの現象しか起こらない。放電の際には、逆に負極層間中のLi+が正極層間に移動する。充放電に伴う化学反応は全くなく、Li+が両者間で入れ替わるだけである。まさに、三軒長屋を地で行っている。イオンが行ったり来たりするので、LIBのような電池を「ロッキング・チェア型の電池」と呼ぶこともある(なぜか、三軒長屋型電池と呼ぶ人はいない)。

 では、どのようにして我々はこの仕組みにたどり着くことができたのか。ソニーにおける開発の軌跡を振り返ってみよう。