本記事は、日経WinPC2011年11月号に掲載した連載「PC技術興亡史」を再掲したものです。社名や肩書などは掲載時のものです。

 1999年9月、MicrosoftはDirectX 7を発表した。Windows 2000にも搭載され、個人がWindows NT系列を導入する契機となった。また、開発環境にVisual Basicを使えるようになり、開発者の層を一気に広げた。グラフィックスの観点では、ハードウエアT&L(Transform&Lighting)へ対応したことが、それまでとの大きな違いだ。

 Transform&Lightingは「(座標)変換と照明」を意味する。前回説明したように、3次元グラフィックスは空間上に配置したオブジェクトをカメラで写した2次元の画面に変換する作業だ。カメラの位置が移動すると、映像はカメラアングルに応じて変化する。つまりカメラと各々の頂点の位置関係を、カメラの回転に合わせて随時計算し直し、画面上のポリゴンの位置を変更する。照明も同様で、光の当たり方が変われば、当然見え方も変わる。

図1 カメラの位置が変わると、表示すべき画像も変わる。この変換処理は負荷が高いので、CPUからグラフィックスチップへ処理を移した。具体的にはハードウエアで移動/回転(変形)、カメラ位置の設定、ビューポート(視点)の設定とクリッピング、陰面処理、光源処理を実行した。これが「ハードウエアT&L」と呼ばれる。Tは座標変換(Transform)、Lは照明(Lighting)である。

 DirectX 6まで、こうした処理はCPUが実行した。ポリゴンの描画処理に比べ、座標変換の負荷が低かったためだ。ところがグラフィックスチップのポリゴン描画性能が大幅に上がり、短い時間で大量のポリゴンを表示できるようになった。その結果、ポリゴンの変形や位置、照明効果などの計算がボトルネックになった。これをグラフィックスチップに持ち込んだのが、ハードウエアT&Lである。

 DirectX 7とほぼ同時期に登場したNVIDIAの「GeForce 256」がいち早くハードウエアT&Lに対応。これを追ってATI Technologies(現AMD)の「RADEON」がハードウエアT&Lに対応し、激烈なシェア争いを繰り広げることになった。

 この時点で、他のグラフィックスチップは競争から事実上脱落してしまう。例えば3dfx Interactiveは1999年11月に、新しいグラフィックスチップである「VSA-100」と、VSA-100を搭載したボード「Voodoo 4」「Voodoo 5」を発表した。ところがこれらはハードウエアT&Lに対応しておらず、市場でシェアを握ることに失敗。2000年の終わりにはNVIDIAに買収されてしまった。「Savage 2000」でハードウエアT&Lを搭載したものの、性能が芳しくなく、急速にシェアを落としたS3は、2000年4月にグラフィックス部門をVIA Technologiesに売却することになった。この時期にグラフィックスチップを手がけるメーカーは大幅に減少した。