本記事は、日経WinPC2011年8月号に掲載した連載「PC技術興亡史」を再掲したものです。社名や肩書などは掲載時のものです。

 前回までに説明したように、PCの黎明(れいめい)期から「IBMの標準グラフィックスと互換ながら、独自の拡張モードを搭載。しかも高速もしくは安価」というサードパーティー製グラフィックスボードが存在した。その最初が第1回で紹介した「HGC」であり、EGA世代でも“SuperEGA”などと言われた互換ボードがあった。

 VGAの登場後は、VGA互換製品が山のように登場した。比較的早い時期に製品を出したメーカーだけでも、Ahead Technologies、AST Research、ATI Technologies、Chips&Technologies、Cirrus Logic、Genoa Systems、LSI Logic、Oak Technology、Orchid Technology、Paradise(Western Digital)、STB Technologies、Trident Microsystems、Tseng Labs、Video-7、などが挙げられる。この後、さらにWindows向けに、S3やWeitek、Matrox Graphicsといったメーカーが参入した。

各アプリが非互換性を
吸収する仕組みを備える

 こうしたメーカーの互換ボードは、IBM製品よりも高速に描画できるだけでなく、より大量のメモリーを搭載し、表示可能な画面サイズが大きい、同時表示色数が多い、多数のテキスト表示フォントを搭載、といった差別化が図られていた。

 しかし、これが混乱の元になった。互換ボードの拡張部分はメーカーごとに仕様がばらばらだったからだ(図1)。

図1 VGAやEGAなどIBMの実質標準規格はボードが異なっても利用できたが、拡張部分は独自に実装していた。つまり、拡張機能には互換性が無かったのである。
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 このため、当時は個別のアプリケーションソフトが、個別に対応した(図2)。例えば表計算ソフト「Lotus 1-2-3」は小さな字で多くの文字を表示すると便利だし、CADソフト「AutoCAD」ではグラフィックスの表示領域が増えることが大きなメリットとなる。そこで、Lotus 1-2-3やAutoCADなどは、グラフィックスボード用のデバイスドライバーを組み込む独自の仕組みを備えた。グラフィックスボード(より正確にはグラフィックスコントローラー)メーカーは、Lotus 1-2-3やAutoCADなど、主要なアプリケーションソフトに合わせて、自社製品用のドライバーを提供したのだ。実際、この頃にグラフィックスボードを購入すると、主要なアプリケーションソフト用のドライバーが入ったフロッピーディスクが、十数枚付属していた。

図2 共通仕様が定義される前は、拡張機能を利用して高解像度表示をするには、グラフィックスボードが、個別にアプリケーションソフト向けにドライバーを提供していた。
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 この状態は、グラフィックスコントローラーメーカーにも、DOSアプリケーションメーカーにも幸せではない。グラフィックスコントローラーメーカーは、主要なDOSアプリケーションがバージョンアップして仕様が変わると、それに合わせてドライバーを更新しなければならない。今ならインターネット経由で簡単に配布できるが、当時はそうはいかない。送付にも相当のコストがかかった。