前回は、「IEC 62368-1」が開発された背景や、第2版の発行とそれに整合した「EN 62368-1」の制定、その他の各地域規格の動向により旧規格(「IEC 60065」/「同 60950-1」)からの移行期限が明確になってきたこと、またそれを踏まえた移行の準備がこれから本格的な始動が予想されることなどについて述べました。今回はIEC 62368-1の特徴や60065/60950-1との違いなどを説明します。

ハザードベースとは?

 IEC 62368-1は、2つの旧規格(60065/60950-1)が適用されていた製品群をカバーします。適用範囲の具体例を示した「IEC 62368-1 Annex A」の表は、ほぼIEC 60950-1の適用範囲(スコープ) の表にIEC 60065のそれを書き加えたものです(表1)。

表1  IEC 62368-1の適用範囲に入る製品例
[画像のクリックで拡大表示]

 ただし、IEC 62368-1の全体構成は、旧2規格とは異なるアプローチとコンセプトを採用してつくられています。それが、前回少し触れた「Hazard Based Safety Engineering」(HBSE)1)です。従来の製品安全規格は、想定される既存製品の典型的な構造や動作のあるべき姿、その試験方法や既存製品で経験した事故や不具合に対する防止方法などの知識を蓄積する形で策定されていました。従って、想定外の構造や新しい機能などに柔軟に対応できないという点が課題とされていました。

 IEC 62368-1はHBSEのコンセプトに由来する「ハザード・ベース」というアプローチで規格を構成しました。既存の製品構造に対して構造規定や試験要求を設定するのではなく「人体に傷害をもたらすエネルギー源に着目し、そのエネルギーが人体に伝わることを防いでいる手段(「セーフガード」)とその有効性を評価する要求事項を規定する」というアプローチです。

 製品構造は技術の進歩・発展で変化しますが、エネルギーそのもの、およびそれが人体に伝わって傷害を起こすメカニズムは普遍的な物理現象です。従ってそれをベースにしたIEC 62368-1は、従来の規格よりも想定外の構造や新技術に対応しやすいと期待されています。

1) HBSEそのものは怪我に至るメカニズムを解明し、それを防ぐ手段を導き出すためのエンジニアリング手法だが、危険エネルギーの定義や防護手段の評価方法、その妥当性を決定する適合基準を提供するものではない。IEC 62368-1はHBSEのコンセプトに基づいて規格を構成しているが、HBSEそのものを実行させるものではない。あくまで、従来の安全規格と同様に、危険エネルギーの定義や、構造要求、試験方法、適合基準などを規定している点を理解しておいてほしい。