テレビやパソコン、腕時計などの中で静かに時を刻み続ける水晶デバイス。現在では「産業の塩」と称されるほど、エレクトロニクス業界に欠かせないデバイスへと成長した。エプソントヨコムは、その水晶デバイスのトップ・メーカーである。同社の事業の屋台骨を支えているのが、水晶材料にMEMS加工を施した独自技術「QMEMS」だ。この技術を駆使することで、これまで水晶デバイスの小型化と高性能化の両方を実現してきた。最先端技術であるQMEMSだが、その起源は1970年代前半までさかのぼる。30有余年のエンジニアたちの努力によって誕生したのがQMEMSである。このQMEMSストーリー“微の歴史”は、QMEMSの起源となる技術が生まれた当時の状況に始まり、QMEMSを生み出すべく苦闘したエンジニアたちの活躍を綴った物語である。第1回目は、世界初のクオーツ式腕時計が誕生した直後から、QMEMSの起源となる技術の開発前夜までを追った。

諏訪湖のほとりの企業が競争を制す

図1:世界初のクオーツ式腕時計「セイコー クオーツアストロン 35Q」

 1969年、長野県の諏訪湖のほとりで世界を驚愕させる出来事が起こった。世界初のクオーツ式腕時計である「セイコー クオーツアストロン 35Q」の実用化に成功したのだ(図1)。

 まさに、それは画期的だった。それまでのクオーツ式時計といえば、精度は極めて高いものの、壁掛け時計ほどの大きさがあり、手軽に持ち運ぶことはできなかった。もちろん、機械式の腕時計はすでに存在していたが、こちらは精度に問題があった。高精度化と小型化。この2つの課題を同時に解決すべく、世界中のさまざまな企業が1960年代の中盤から後半にかけてしのぎを削っていた。

図2:クオーツアストロン開発前の水晶振動子
クオーツアストロンが登場する前に実用化されていた水晶振動子の例である。長さは約50mmもあった。これでも、当時の水晶振動子の中では小型品だった。

 この開発競争を制したのが、諏訪湖のほとりに社屋を構えていた諏訪精工舎(現在のセイコーエプソン)である。競合企業に先駆けて実用化できたポイントの1つは、水晶振動子の小型化にあった。従来の水晶振動子は、外形寸法が非常に大きく、腕時計に収めることは不可能だった(図2)。この問題を「音叉型」という新しい構造を採用することで解決した。開発した水晶振動子「Cal.35SQ用」*の外形寸法は、直径4.3mm×長さ18.5mm(図3)。さらに、腕に取り付けると常に振動や衝撃にさらされるという問題は、水晶振動子の内部構造を工夫することで乗り切った。

* 当時の音叉型水晶振動子は、社内で製造していた腕時計向けだった。このため、「製品型番は付けておらず、腕時計の動作機構であるムーブメントの名称(キャリバー、Cal.)で呼んでいた」(禰宜田六己)という。

図3:クオーツアストロンに採用された音叉型水晶振動子
新規に開発した音叉構造を採用することなどで、直径4.3mm×長さ18.5mmへの小型化に成功した。型番は「Cal.35SQ用」。振動周波数は8.192kHzである。

 世界初のクオーツ式腕時計の実用化と、音叉型水晶振動子の開発は、多くのエンジニアが流した汗と涙の結晶である。しかし、それは決して終わりではなかった。現在も続く、長い長い戦いの始まりにすぎなかった。