GaNパワー素子の研究が活発化

 2次元電子ガスは、パワー素子にとっても魅力的である。パワー素子のチャネル抵抗を大幅に低減できるからである。2000年ごろから、AlGaN/GaNHEMTをパワー素子に活用する試みが始まった。

 GaN系LEDではサファイア基板を、AlGaN/GaN HEMTでは熱伝導性に優れたSiC基板を利用するのが一般的だった。当初は、これらの技術の延長で、サファイア基板上やSiC基板上にGaNパワー素子が作製されていた。しかし、サファイア基板やSiC基板といった高価な基板を用いるのでは、既存のSiパワー素子に対してコスト競争力で劣るとされ、安価で口径の大きいSi基板の利用が検討されるようになった。いわゆる、「GaN on Si(ガン・オン・シリコン)」素子の研究が活発化した。

 高輝度な青色LEDを実現できるのは、GaN系半導体しかなく、比較的高価なサファイア基板を用いても事業として成立した。高周波トランジスタに関しては、携帯電話基地局やレーダなど特殊で高価な施設で利用するので、性能を最優先してサファイア基板よりもさらに高価なSiC基板を使ってもコスト面で問題がなかった。

 これらに対して、パワー素子では、既にSiパワーMOSFETやSi IGBTなどのSiパワー素子が普及している。その上、Siパワー素子メーカー間の競争で、性能向上と低コスト化が進んだ。そのため、コスト競争力が必要とされたのである注1)

注1)GaN on Siは横型素子であり集積化にも適している。例えば、パナソニックは、同一チップ上に、6個のAlGaN/GaN HEMTを形成し、3相のワンチップ・インバータを実証している。扱う電力がそれほど大きくなく、かつコストを特に重要視する家電分野では、こうした集積チップの開発が欠かせないだろう。

Si基板上にGaN結晶を作る

 サファイア基板上にGaN結晶を成長させるために用いられていた低温堆積バッファ層技術は、Si基板上にも適用できる。サファイアよりもさらに不整合の度合いが大きいSi基板上のGaNにおいても、低温堆積バッファ層技術によりサファイア基板上のGaNとそれほど変わらない結晶欠陥密度(貫通転位密度)を実現できている。

 Si基板上での製造で大きな問題になったのは、結晶欠陥ではなく熱膨張係数差から生じるひび割れ(クラック)だった。GaNとSiの大きな熱膨張係数差のために、GaN成長後の冷却時に非常に大きな応力が生じ、クラックが発生してしまう。

図3 多層構造を設けてクラックを防止
Si基板上にGaN結晶をエピ成長させると、GaNとSiの熱膨張係数差から成長後の冷却時に非常に大きな応力が生じてクラックが発生する。そこで、GaN層とSi 基板の間にAlGaN/GaNの多層構造を設ける「歪み制御技術」でクラックの発生を防止する。
[画像のクリックで拡大表示]

 この問題の解決法として、「歪み制御技術」が開発された。同技術では、熱膨張係数差を考慮して、高温の結晶成長温度において、温度降下時に生じる歪みを打ち消す反対方向の歪みをあらかじめGaN層に与えておく。これで、温度降下時のクラックの発生を抑制する(図3)。

 歪みを制御する方法としては、GaN層とSi基板の間にAlGaN/GaNの多層構造を設けることが一般的である。AlGaNはGaNと格子定数が異なるため、多層構造を適切に設計することで、多層構造上のGaN層に歪みを与えられる。

 現在製品化されているGaNパワー素子は、口径6インチのSi基板上に作製されており、少なくとも6インチ径に関してはクラックの問題は克服できているようだ。さらなる低価格化のためには口径拡大が必要である。例えば8インチSi基板を用いたGaNの開発が、ベルギーIMECをはじめ、世界中で進められている。実際、日本インターは、GaNパワー素子の前工程について、Transphorm社と生産受託契約を締結し、日本インターのつくば事業所に8インチ対応の前工程の製造ラインを導入すると発表している。