皆さん、お久しぶり。前回の連載「ホンダ イノベーション魂!」から約1年半、再び皆さんと一緒にイノベーションの本質について考える機会を持つことができて、素直にうれしく、そしてとても楽しみでもある。

 前回の連載では、イノベーションの成功を手繰り寄せるために技術者は何をすればよいかを、日本初のエアバッグの開発と量産を巡る筆者の原体験を通じて紹介した。今回の連載は、「人と組織のイノベーション力をいかにして高めていくか」をテーマとしたい。人と組織の2本立てではあるが、真の主役は人である。言ってみれば皆さん1人ひとりだ。イノベーションを生み出す原動力は皆さんたちの中にしかない。組織の主な役割は、人を支援することにある。

 今回の連載も「具体的で実践的」がモットーだが、いかにしてイノベーション力を高めていくか、という本論に入る前に、今回と次回で私たちが今どんな状況にいるかを明らかにしておきたい。

テーマが見つからない

 ものづくりを取り巻く状況は、正直言って非常に厳しい。アジアを中心とした新興国は、低コストだけではなく、すごい勢いで技術力を高めている。日本企業は、新しい価値を実現するオンリーワンの製品を強化しなければならない。これは以前から言われていたことだが、いよいよ事態がひっ迫してきた。そこで最近になってイノベーションに対する関心が一気に高まったのである。中には、イノベーションに挑戦するために専門の部署を新たに立ち上げた企業もあるほどだ。

 筆者は以前から、「新しい価値を生み出さないと、企業も国も衰退していくだけだ」と主張してきた。だから、イノベーションの復興(ルネッサンス)ともいえる最近の流れは大歓迎である。ところが、それがなかなかうまくいっていない。「成果が上がっていない」という意味ではない。イノベーションは基本的には中長期のプロジェクトなので、すぐに成果が出ないのは当然のことだ。成果を云々言う前に、まず、テーマが見つけられない。これではイノベーションに挑戦しようがないではないか。

 加えて、イノベーションの本質をしっかり捉えていないことも問題だ。イノベーション=新技術の開発という漠然としたイメージがあるが、本来のイノベーションはあくまでも新しい価値を生み出すことにある。技術はそのための手段だ。

 筆者は講演などで多くの企業を訪ねるが、経営幹部から「イノベーションを実現するにはどんな技術分野に注目すればよいか」と質問されることが多い。本来は新しい価値に注目すべきなのだが、大半は技術分野について聞かれる。スタート地点が違うのではないか。

 すなわち、経営幹部は「イノベーションを成し遂げなければならない」と旗を振るばかりで、「新しい価値とは何か」については語らない。一方、皆さんのいる現場は日常業務に忙殺されて、とても新しい価値を考えている余裕がない。ここが最大の問題なのだ。イノベーションでは「What(何を造るか)」と「Why(どんな想いに基づいて造りたいのか)」をしっかりと自分のものとし、そこからブレないことが極めて重要である。ところが、今の日本企業の取り組みの多くは、そこが丸ごと抜け落ちているように思う。

題字とイラスト:上田みゆき

 これはイノベーションを分析した書籍にも共通する。筆者はWhatとWhyをいかに捉えるかについて具体的に書かれているものを読んだことがない。多くの場合、そこには成功事例と後付けの分析が書かれているだけだ。

 生き生きと描かれた成功事例は確かに面白い。幾つもの困難を乗り越えていくエピソードは感動的ですらある。しかし、彼らが何をしたかを知っても、実際の仕事に直接役に立つことは少ない。イノベーションは一品一様なので、他の事例で成功したやり方をそのまま適用してもうまくいかない場合がほとんどだからだ。

 ここで皆さんに聞きたい。「20年後に重要になる価値は何か。どんな商品・サービスが有望だろうか」。

 これまで筆者は、多くの企業の幹部とこのテーマで議論してきた。すると、ほとんどの方が、「今後は高齢者が増えていくから、高齢者向けの商品」「福島の原発事故の影響が続くのでエネルギ関連商品」、そして「環境関連商品」の3つを指摘する。