〈インサイト(洞察)〉

 筆者(田子)が社外の専門家として鳴海製陶のクリエイティブディレクターに就いた2009年秋、同社は非常に厳しい経営環境に置かれていた。それまでの10年間で国内の洋食器市場は約55%に縮小し、同社の商品もライフサイクルの変化から消費者に受け入れられにくくなっていた。もちろん、OSOROのコンセプトなど全くない中でのスタートだ。

 まず着手したのは、商品ラインアップの分析である。「シーン」と「テイスト」の2軸から成るマトリックスで既存の商品を分類し、その位置付けを確認した(図1)。それによって分かったのは、いわゆる「ハレ」の舞台にふさわしい商品が豊富な半面、日常的に使える商品が少ないことだった。

図1●商品ラインアップの分析
縦軸が「シーン」、横軸が「テイスト」のマトリックスを用いて、既存の商品を分類した。消費者が日常的に使用する商品(シーンが「デイリー」、テイストが「モダン」の領域)が少ないことが分かる。

 最初の1年は、ボーンチャイナ*1に代表される既存の商品を生かそうとした。鳴海製陶は、長らく百貨店などへの卸売り(製造卸)を主体としていたので、自社の歴史や商品の背景といった「ストーリー」の価値に気付いていなかった。そこで、こうした「ストーリー」を消費者に伝えて、信頼を得ようとしたのだ。

*1 ボーンチャイナ 磁器の1種。温かみのある乳白色や滑らかな質感などから、最高級の磁器といわれる。素材には、牛骨灰や骨リンが使われる。JIS S 2401「ボーンチャイナ製食器」では、「素地が少なくともリン酸三カルシウム、灰長石、ガラス質から成るもの」「リン酸三カルシウムの含有率は30質量%以上」などと定義されている。ちなみに、鳴海製陶は日本で初めてボーンチャイナの量産に成功したパイオニア的企業である。

 しかし、それが根本的な解決策にならなかった。むしろ、高級品であるボーンチャイナの特性や背景に対する筆者の理解が深まれば深まるほど、現代生活とのギャップを感じるようになっていった。

 その頃、鳴海製陶では幾つかのグループに分かれて「自分たちに何が必要か」「在るべき姿は何か」などを考察するワークショップを丸2日にわたって実施した。そのうちの1グループが取り組んでいたのが、OSOROのコンセプトにつながる「日常使いの食器についての考察」だった。

 そのグループは、日常使いの食器に求められる条件を議論し、「電子レンジやオーブンによる加熱調理が可能で、食器洗浄機で洗えること」という結論を下した。それは、ボーンチャイナでは不可能なことである。すなわち、主力商品のボーンチャイナではない何かで日常使いの食器に求められる条件を実現しなければならないと、同社の社員が明言したのだ。この議論が大きな転換点となった。