前回は、UX(ユーザー体験)のデザインについて自動車産業の取り組みを中心に紹介し、製造業におけるUXデザインの必要性について考えてみました。前回で重要なポイントは、“「機能」ではなく「体験」を考える”ということでした。今回は、その「体験」をデザインするための基本的な考え方について、事例を交えながら解説していきたいと思います。

製品を使うことが目的ではない

 皆さんは、自社で提供する製品やサービスについて、ユーザーのために重視していることがあるとしたら何でしょう。機能や品質の高さでしょうか、安全性でしょうか、あるいは使いやすさでしょうか。製造業において、これらはいずれも重要な指標です。ですが、これらは製品という”モノ側”の視点の考え方です。

 では、こうした製品を使うユーザーの側、つまり”ヒト側”の視点から製品やサービスを考えるとどうでしょう。製品やサービスを使うことによって嬉しいこと、ありがたいことがあるからこそ、使ってくれる、使い続けてくれているはずです。

 例えば、ユーザーは炊飯器を使いたいからご飯を炊くわけではありません。ユーザーの目的は、おいしいご飯を家族に食べてもらうことです。高機能で高品質な炊飯器を使うのは、こうしたユーザーの価値を実現するための手段なのです。ですから、どんなにおいしい炊き方ができる炊飯器でも、使い方が分からなければユーザーにとっては無意味ですし、後片付けがものすごく大変だったら使用後の印象は大きく損なわれてしまいます。

 このように視点を変えると、ユーザーは製品が持つ機能や品質の高さそのものではなく、その製品を使う体験から、製品に対する満足感や次回も使ってみたいと思う意欲を感じるのだとわかります。製品やサービスが提供する価値の本質は、この満足感の方にこそあると言えそうです。

 図1は、実際の利用環境を想定した時の、製品とユーザーの関係を模式的に示したものです。ユーザーには製品を使用する目的があり、実際の利用環境の中で製品を使用します。このような利用体験がなければ、製品の品質はユーザーに実感されません。つまり、ユーザーの満足感を高めるには、製品の品質や機能を高めるだけでなく、ユーザーにどのような体験をしてもらうかを考えなければならないのです。

図1 実利用環境における製品とユーザーの関係の模式図
ユーザーは自分の目的を達成するために製品を使うのであって、製品を使うことが目的なのではない。このため製品の価値は、利用体験に対する満足感や意欲を基に評価されることになる。
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