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 行動観察のもう1つの特徴は、「社会的正しさのバイアスを排除できる」点です。社会的正しさとは、ある社会の中で正しいとされる行動や考え方のこと。人は、自分の生活実態や行動に、社会的正しさに反する部分があったとしても、それを人前で明らかにするのをためらう傾向があります。すると、どうしても結果にバイアスがかかってしまうのです。

 例えば、子供を持つ有職主婦を対象に「疲れたときの夕食の準備はどうしていますか?」と聞いたとしましょう。実際にそうしていなかったとしても、何人かは「子供のためには毎日しっかりと手作りをしています」などと答えてしまう。このようなバイアスは、一般的な定性リサーチでは排除しきれないのが実状です。

 もちろん行動観察も、バイアスがゼロではありません。しかし、行動は言葉よりも正直なもの。バイアスを大幅に小さくできると考えられています。アンケートやインタビューも重要なリサーチ手法ですが、前述のように少しためらいを持たれる内容であれば、行動観察に優位性があるのではないでしょうか。

行動観察が注目を集める理由

 実は今、この行動観察が多くの大手メーカーから注目を集めています。背景には、メーカーを取り巻く環境の変化があります。日本でマーケティングの概念が取り入れられ始めたのは、1950年代から。それ以降、何回かのパラダイムシフトが起きています(図)。

図●ものづくりにおけるマーケティング概念の変容
戦後から現在に至るまで、2度のパラダイムシフトが起こっている。
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 戦後から高度成長期に至るまでは、「生産志向」の時代。物が不足していたので、人々は豊かな生活に憧れていました。メーカーは、新たな製品を市場に投入しさえすれば売れる時代だったのです。それを象徴する言葉が「三種の神器」でした。三種の神器は、冷蔵庫/洗濯機/白黒テレビのこと。テレビならば、純粋に「自分の家にテレビがあればいいな」というのが当時のニーズでした。

 ところが物が市場に満ち足りてくると、ただ物を市場に投入するだけでは物が売れにくくなってきます。「販売志向」の時代の到来です。この時代になると、物を造るだけではなく、自社の製品の特徴や優位性を人々に伝える販売努力が要求されるようになります。「セールスプロモーション(SP)」という言葉が脚光を浴び始めたのは、ちょうどこの頃です。当時のテレビに対するニーズは「リビングに29インチのテレビを置きたいな」「2台目のテレビが欲しいな」など。この販売志向は、1980年代後半にピークを迎えます。

 そして現在は、さらに物が満ち足り、著しい技術の進歩が求められる状況にあります。人々のライフスタイルや価値観は多様化し、それらをしっかりと把握しなければ物が売れません。「顧客志向」の時代になったのです。テレビに対するニーズは「歩きながらでも見れるテレビがあったらいいな」「お風呂でもテレビが見たいな」などなど。そのニーズは多様で、必要な技術もあらゆるフィールドに広がっています。テレビをテレビとして捉えるのではなく、ディスプレイ(表示器)という機能面で捉え、それでどのような情報を提供できるかを考えなければならないのです。

 こんな時代だからこそ、顧客の今のニーズを見える化できる行動観察が威力を発揮します。顧客がどのような生活の中(現場)で、製品をどのように使っているか(事実)を発見することが、効率的に売れる製品を開発する上で重要になっています。