長寿科学や老年学の総合的な研究と高齢者医療を行う独立行政法人 国立長寿医療研究センター(愛知県大府市)は、認知症における包括的医療サービスを提供する「もの忘れセンター」の開設を機に、高齢者総合機能評価(CGA)のデータベースシステムを構築、積極的な運用を行っている。さらにデータ入力やスクリーニング作業の効率化を目指して、iPadを活用したソリューションの試験運用を開始した。


 国立長寿医療研究センターは、2004年に全国で6番目の国立高度専門医療センター(ナショナルセンター)として設立され、2010年4月に独立行政法人に移行した。長寿科学や老年学・老年医学に関する国内唯一の総合的な研究機関として、老化のメカニズムや、認知症、骨粗鬆症、加齢性筋肉量減少症など、老化に伴って発症する様々な疾患の病態解明、治療・予防など、研究所と病院が一体になって研究と医療を行っている。

最大級の「もの忘れセンター」を開設

国立長寿医療研究センター、もの忘れセンターの受け付けロビー

 2010年9月には、認知症の予防や治療に取り組む「もの忘れセンター」の外来部門を開設した。高齢者の認知症患者は、全国で300万人を超えているとの推計もあり、厚生労働省は全国に150カ所の認知症専門センターを整備していく方針を打ち出している。国立長寿医療研究センターのもの忘れセンターは、その主要拠点として設置された。

同センターは、高齢者総合診療科(老年科)、神経内科、精神科、脳神経外科、放射線科の各専門医16人と、認知症看護認定看護師、臨床心理士、言語聴覚士、精神保健福祉士などを擁する世界的にも最大級の専門施設だ。2011年4月には、認知症に加えて様々な身体疾患を合併した患者や、幻覚・妄想などの精神症状を伴う高齢者の入院治療に対応できる30床の入院部門の開設を予定している。

同センターでは高齢者総合機能評価をiPadを利用して実施している。アプリケーションは「File Maker Go」を採用した

 国立長寿医療研究センター病院長で、もの忘れセンター長を務める鳥羽研二氏は、センターの特徴と開設の狙いを次のように述べる。

「認知症の外来診療を行う『もの忘れ外来』は全国に200カ所以上ありますが、多くは診断と薬物治療のみを行っているのが実情です。一方、認知症に伴う徘徊や妄想、攻撃的行動などの行動・心理症状(BPSD:Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)に対する入院医療は、主に精神科病院が担ってきましたが、軽症から最重症までの患者さんに対し、一貫した医療サービスを提供できる施設はありませんでした」。

「もの忘れセンターは、『認知症の予防から終末期まで』をコンセプトに、各科の専門医がチームで診断と治療に当たり、患者さんの自立を地域で支えるための教育や情報提供を含め、あらゆるサービスを一貫して提供して、1日でも長く家庭で穏やかに過ごせる環境づくりを目指します」。

もの忘れセンター開設を機に高齢者総合機能評価をシステム化

国立長寿医療研究センター病院長ともの忘れセンター長を兼任する鳥羽研二氏

 もの忘れセンター開設以来、13人の外来担当医が週に19枠の外来を担当している。新患は月に約100人。受診数の多い施設でも新患は年に600~700人であり、年換算で1000~1200人の同センターは国内随一の施設といえる。専門医やコメディカルなど多職種からなる恵まれた陣容によるチーム医療と、最先端の機器を使った診断・治療を実施している。補助診断として高齢者総合機能評価(CGA=Comprehensive Geriatric Assessment)を積極的に活用しているのも、大きな特徴だ。

 もの忘れ外来部長の櫻井孝氏は、「認知症の診療には、脳機能など医学的な評価だけでは不十分。生活機能や精神面などの評価を併せて多角的に評価し、診療に役立てていくことが重要です。CGAは従来から様々な疾患に利用されてきましたが、認知症の診療において、これほど役に立ち、フィットした評価方法はないと実感しています」と解説する。もの忘れセンター開設に合わせて、主要5科の医師の要求を取り入れながら、このCGAに基づくスクリーニングツールを開発・導入した。

もの忘れ外来部長の櫻井孝氏

 CGAでは、日常生活動作(Activities of Daily Living:ADL)、精神・心理的機能(認知機能、うつ、気分、情緒など)、社会・経済的機能およびQOL(Quality of Life)などを系統的かつ総合的に評価する。もの忘れセンターのCGAによるスクリーニングツールは、大項目が16あり、紙の調査用紙ではA4判約20枚に及ぶ(一般的には10枚程度)。認知症専門センターであるために多項目・詳細な評価が行われるためだ。

 老年科などでは年間200例程度のスクリーニングを行っていたが、同センターでは年間1000例以上が予想されたため、いかにデータの管理・活用を効率化して使いやすくするかが大きな課題となった。

 「従来は、紙ベースの調査票で聞き取りを行い、台帳で管理していましたが、手間がかかる上に診察時に参照するときも非常に扱いにくい。前任地では、台帳管理に表計算ソフトのExcelを利用していましたが、入力に手間取るうえに入力ミス防止のためのダブルチェックは不可欠で、全体の評価点計算にもう1プロセス必要でした。年間の新患スクリーニングが1000例を超え、さらに1年後の再来時検査や、入院患者さんへの定期的なスクリーニングを行うとなると、効率的な運用を実現できるシステム環境が必要になります」(櫻井氏)。

 そこで、同センターは、CGAデータのデータベースシステムとしてFileMakerをベースとしたCGA管理システムを構築した。FileMakerを選んだのは、鳥羽氏が前任地の杏林大学での使用経験があり、インターフェースの加工が比較的容易であることを評価したからだという。

臨床研究推進部医療情報室長の渡辺浩氏

 FileMakerで構築したCGAアプリケーションは、まず電子カルテシステム「富士通HOPE/EGMAIN-GX」から患者情報を取得する。初診患者の患者基本情報は受付時に電子カルテシステムに登録されるので、スクリーニングを実施する担当者が患者情報画面からFileMaker起動ボタンをクリックすると、FileMaker Serverが患者IDとオペレーターIDを受け取り、自動的に患者基本情報を取得してCGAアプリケーションが立ち上がる。その際に患者IDと患者の属性情報を結びつけるのが、SS-MIX(Standardized Structured Medical Information eXchange)仕様の標準化ストレージだ。

 同センターの臨床研究推進部医療情報室長の渡辺浩氏は、標準化ストレージを採用した背景を次のように述べている。「もの忘れセンター開設前の昨年8月に電子カルテシステムのリプレースが決定していたので、それを機に標準化ストレージを導入しようと考えました。HIS(病院情報システム)と部門システムとの連携に伴う余計なインターフェース開発を、削減したかったからです。同時にCGA管理システムを構築したので、FileMakerでも標準化ストレージを利用するようにしました。当センターは、そうした標準化ストレージを利用した運用例を公表していくという役割も担うべきと考えています」。