高知大学医学部看護学科の栗原幸男氏
高知大学医学部看護学科の栗原幸男氏
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栗原氏が提示したミニマム患者情報の項目(試案)
栗原氏が提示したミニマム患者情報の項目(試案)
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北海道大学大学院保健科学研究院の中安一幸氏(厚生労働省政策統括官付情報政策担当参事官室室長補佐)
北海道大学大学院保健科学研究院の中安一幸氏(厚生労働省政策統括官付情報政策担当参事官室室長補佐)
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広島大学病院医療情報室の田中武志氏
広島大学病院医療情報室の田中武志氏
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田中氏が提示したアクセス権限テーブルの例。青字が参照可能な職種・機関、赤字は議論が必要な部分
田中氏が提示したアクセス権限テーブルの例。青字が参照可能な職種・機関、赤字は議論が必要な部分
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愛媛大学大学院医学系研究科の木村映善氏
愛媛大学大学院医学系研究科の木村映善氏
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NTTデータの石黒満久氏
NTTデータの石黒満久氏
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 第32回医療情報学連合大会(第13回日本医療情報学会学術大会、主催:一般社団法人 日本医療情報学会)で、大規模災害時の被災者への医療提供において最低限必要な医療情報のミニマムセットを設定・運用する仕組みを、平時の地域医療連携や救急時に活かしていくために、その仕組みのあり方や運用基盤をどのように構築すべきかが、シンポジウムで議論された。

 医療情報学会中国四国支部幹事会は、東日本大震災を受けて広域災害時の医療継続を目的としたミニマム患者情報(Minimum Patient Information:MiPI)を設定し、保存・利用できる仕組みを総合的に確立すべきと提言した。シンポジウムでは、まず企画発案者である高知大学医学部看護学科教授の栗原幸男氏が、ミニマム患者情報の必要性と目的、具体的な情報項目の試案などを提案した。

 MiPIを定義するにあたって栗原氏は、救急医療、災害医療、日常診療のそれぞれの場面で必要となる情報を説明した。

(1)救急医療:重篤な状態を引き起こす疾患の既往、アレルギー情報など医療提供の際に把握していないと患者に危害を及ぼす可能性の高い情報

(2)災害医療:発災前までの最低限の治療情報で、救急医療で必要な情報と治療中の疾患名や処方

(3)日常診療:通常は初診時問診票で患者に尋ねる情報で、現症を除いたアレルギー情報、服薬中の薬、病歴など

 「これらを情報量として見るなら、救急医療での情報はミニマムで、エッセンシャルな部分、災害医療での情報はもう少し拡大され、日常診療ではさらに多くの情報がある方が医療提供はスムーズになる」(栗原氏)。

 具体的なMiPIの項目の試案としては、患者の管理情報(患者識別情報、連絡先情報)、医療上の注意情報(特異体質情報、注意すべき既往症など)、現病の情報(病名、処方、受診中の医療機関名など)、そして病歴(既往歴、手術歴、入院歴)を挙げ、後者ほど患者に関する詳細情報となることを指摘した。

 「ミニマム情報として整理する場合、各医療機関で情報のセットを用意するのではなく、統一的に最低限の情報をまとめ、つながっていくことを前提としている。情報をつなぐためにはMiPI統一ID番号をキーとする必要があるし、コア情報とされる項目をICカードなどで持ち歩き、詳細情報はネットワーク上のクラウド環境で管理する形態が考えられる」と運用イメージを説明。MiPI情報基盤の基本構想として、(1)国民一人ひとりの基本医療情報として整備、(2)一生涯蓄積され続ける基本医療情報として整備、(3)医療・介護の制度と連携して整備、の3項目を提言した。

 続いて、北海道大学大学院保健科学研究院客員准教授の中安一幸氏が、ミニマム患者情報を整備・運用する際の法制上の課題・要件を、広島大学病院助教の田中武志氏がミニマム患者情報の利用場面の利用者権限について、愛媛大学大学院医学系研究科准教授の木村映善氏がミニマム患者情報のアクセス制御について、NTTデータライフサポート事業本部で医療情報ネットワークの開発を担当する石黒満久氏が情報を流通させる仕組みや技術的な課題を、それぞれ説明した。

 中安氏は、診療継続に最低限必要なデータの選定と、格納していく仕組みを議論していくうえでの提案として、(1)現実的な診療時間内で参照が可能であり、かつ現状把握ができるデータの分量と項目を念頭に置くこと、(2)日々の診療業務を通じて蓄積可能なデータであること、(3)構造化され、連携先での利活用を考え標準化された、もしくは標準化のめどが立っているデータであること、(4)域内または全国で患者を一意に識別できる識別子と耐タンパ性の高い格納媒体に蓄積されること、などを挙げた。

 患者を一意に識別できる識別子に関して中安氏は、「“全国で”ということであれば、医療用マイナンバー(マイナンバー法案に関する医療分野特別法)の議論を待つべきだろう」とした。また、識別子と関連付けられる診療データについては、「域内において委託などの契約によって情報を第三者機関に蓄積・管理することは問題ないが、機微なデータを制度として一元的に取り扱えるような状況は作るべきでない。機微なデータを呼び出し、参照できるようなIDについても、それを一元的に取り扱える主体を作るべきでない」と主張した。

 田中氏は、プライバシー保護の観点から初診時(平時の診療時)、救急時、災害時の各場面で、医療者(医師・看護師・コメディカル)、病院事務、救急隊、行政等の職種ごとのアクセス権限テーブルを設定する必要性、その検討の成果を発表した。「初診時は、医療職には原則、参照を許可することで意見が一致した。しかし、事務職に参照を許可するか、情報の更新権限を医師以外に認めるかどうかは、各病院のワークフローに基づいたアクセス権限テーブルが異なることから、意見が分かれた」。

 なお、救急搬送時については、「搬送中に治療を施す可能性のある救急隊にも参照権限は必要で、病院職員も救急対応という視点から参照権限を認めることで一致。大規模災害時は、広い範囲で氏名などの個人識別情報が流通することが予想されるが、非常時という理由で行政などにも業務に必要な情報の参照を許すことが必要だろうという意見が多かった」と説明した。また、患者プライバシーの保護、侵害されることの不安払拭のために不正な参照をチェックするための監査機能が必要であり、災害時の行政や自衛隊への情報流通は、主に個人識別情報のみを流通させればいいのでは、と指摘した。

 木村氏は、ミニマム患者情報へのアクセス権限の設定要素とシステム的な認証方法について提案した。「キーポイントになるのは、医療従事者であるかどうかをシステム認証すること。HPKI(保健医療福祉分野公開鍵基盤)があり、医師・薬剤師・看護師などの25の保健医療福祉分野の国家資格と院長など4つの医療機関の管理者が定義されているので、これを利用することで認証できる」と指摘。また、平時診療時・救急時・災害時の場面(コンテキスト)により変化する認証要件をどう制御するかが課題だが、「ミニマム患者情報はコア情報と詳細情報に区分されるので、それをベースにセキュリティポリシーを2段階で運用する案がある。コア情報はいかなる場面でもアクセスできる必要があり、機微の情報で占められる詳細情報は医療従事者であれば誰でも参照可能にし、HPKIによる資格認証とユーザー認証を併用することが考えられる」とした。

 石黒氏は、現状の地域医療連携ネットワークの課題として、患者の登録とひも付け作業に手間がかかる点と、患者の同意のレベル分けが複雑である点を挙げた。「地域医療連携とミニマム患者情報を組み合わせる発想でMiPIカードを利用することで、患者のひも付けと同意取得の大幅な簡素化が望めるうえに、通信環境に左右されない救急や災害時の患者把握ができる。対面による参照許可も、シンプルに行えるのではないか」と述べた。