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 行動観察が今、人を中心に据えた設計活動の手段として多くの企業、特にメーカーから注目を集めています。新製品を開発する上で近年、「ユーザーの価値観」に迫る必要が出てきたことが大きな要因です。

 第1回でも述べたように、現代はあらゆる物であふれています。そのためメーカーは、ユーザーの生活や仕事をより良くすることができなければ、物を買ってもらえなくなりました。しかも、現在の延長線上の改良でユーザーの生活や仕事を「少し」良くするだけなら、既にその要求を満たす製品が市場に存在する可能性があります。製品をヒットさせるためには、「今までにない新しい活動を実施できるようにする(新しい体験を提供する)」ことが求められているのです。

 このように、ユーザーが望む新しい体験を提供しようとする設計を「エクスペリエンス・デザイン」と呼びます。その好例が「iPod」。一つひとつの要素技術は決して目新しくなく、ハードウエアの機能はむしろ少ないのですが、ハードとソフト、Webサービスを連携することで総合的に「所有する全ての楽曲をいつでもどこでも再生できる」という新しい体験をユーザーに提供しました。

 ユーザーさえも気付いていない新しい体験の創出は、ユーザーの価値観を深く、詳細に理解していなければ不可能です。行動観察は、これを可能にする手段として、多くのメーカーが着目しているわけです。

 表は、富士ゼロックスが実践する行動観察の概要です。当社では、主に観察による「事実の把握」、主にインタビューによる「背景の理解」、の2つを、目的に応じて組み合わせて実施しています。

表●観察とインタビューによる事実と背景の理解の概要
富士ゼロックスでは、観察とインタビューを組み合わせることで、ユーザーの活動の背景にある考え方や気持ちに迫ろうとしている。
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 事実の把握では、活動・行為とその流れ、活動のタイミングや時間、環境、人との関わり(会話)、道具や情報との関わりなどを観察します。その後、インタビューの対話の中で、その活動をした目的や意図、その時に感じたことなどの背景を明らかにしていきます。観察のみを実施する方法もあると思いますが、富士ゼロックスでは、観察だけでは理解しきれない背景をインタビューでとらえるようにしています。例えば、ユーザーが取ったある行動が、1回きりの例外なのか、それとも毎日実施している習慣なのかは、観察だけでは判断しきれません。ユーザーの事実や価値観に迫るためにも、「観察+インタビュー」を基本としているのです。