日本の原子力開発が抱える病理

原子力プロジェクトはなぜ失敗したのか---その原因と教訓(中)【訂正あり】

  • 物理学者・技術評論家 桜井 淳
  • 2013/11/12 00:00
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 前回に引き続き、原子力プロジェクトの失敗についてみてみる。

原子力船「むつ」

 原子力委員会は1961年に公表した「原子力長期利用計画」の中で、米・ソの原子力船の完成を機に、1970年頃までに原子力船建造技術の確立と乗組員の養成訓練を目的とした原子力第1船の建造が必要であることを明らかにした18)、*9

 参考文献18)によると、原子力委員会は1963年7月に「原子力第1船開発基本計画」を決定し、同年8月17日に原船団が設立された*10。原船団は、1976年4月に「原子炉設置許可申請書」を提出。同年11月に認可され、同年末から建造を開始して1971年に原子力船第1船が完成した*11。青森県の陸奥湾を定係港としたことから、この船は、「むつ」と命名された。

 地元漁民の反対により定係港での出力上昇試験ができなかったむつは、太平洋上で同試験を実施した*12。そして1974年9月1日、定格熱出力の1.4%に達した際、想定以上の放射線漏れが発生していることに気付いた。

 その後の調査において、原子炉格納容器外の上部の遮蔽体から放射線が漏れていることが分かった。その原因は、放射線が遮蔽構造物の狭い空間を散乱しながら透過するストリーミング現象だった。1978年7月、むつの新しい定係港は長崎県佐世保市の佐世保港に決定し、そこで遮蔽改修工事や安全総点検などが行われた(1982年6月に完了)。改修後の1985年3月31日、原船団は原研に統合され、その後の太平洋上での出力上昇試験や性能試験は原研によって実施された。

 原研の資料によれば、むつは、潜在的に放射能放出の危険性を有する原子炉を搭載しているにも関わらず、その船体は通常の客船や貨物船、タンカーと同様の船底構造である18)。米国とソ連の先例を参考にしたと考えられるが、座礁や船同士の衝突を想定した2重構造になっておらず、欠陥構造と言わざるを得ない。また、原子炉格納容器外の上部からの燃料交換時の遮蔽体撤去や原子炉格納容器蓋撤去、原子炉圧力容器蓋撤去などの作業がしやすいように、遮蔽体の構造には工夫を凝らしているようだ。

 設計者は、設置箇所と目的を優先して最適設計を意図したものと推定されるが、当時の遮蔽の実験や計算の不確実性からそれが裏目に出てしまい、結果として遮蔽欠陥を引き起こしたのだろう。改修後は、放射線輸送計算コードによる結果を基に、分厚い重コンクリート遮蔽体を追加している*13

 実は、原船団は、むつの原子炉について、WH社に技術評価を依頼していた。WH社は、原子炉格納容器外の上部の遮蔽が不十分であることを指摘していたが、原船団は何の改良もせずにそのままにしていた。

 むつの原子炉は1960年代半ばから後半にかけての技術で設計された。遮蔽研究などを目的とした原研のJRR-4は、1965年7月19日に定格熱出力に達していたが、その成果をむつの遮蔽設計に十分に反映するには至らなかった。日本はその頃、遮蔽研究に本格的に着手したばかりで、研究者の経験やノウハウ、データの蓄積は発展途上にあったのだ。仮にむつの原子炉の設計が1970年代半ばだったならば、JRR-4を利用した遮蔽研究の進展から間違いは犯さなかったものと推定される。

 むつの放射線漏れの原因は、原子炉構造の欠陥ではなく、周辺技術である原子炉格納容器外の上部の遮蔽構造物の欠陥である。原船団は設立約3年後に、本格的な設計作業に着手したため内部の経験や人材に乏しく、旧科学技術庁(現文部科学省)管轄下の研究機関や民間企業からの出向者の知識やノウハウに依存していた。こうした体制では、出向元への利益誘導や他社への妨害行為、出向者同士の足の引っ張り合いなどから事業の進展が阻害されて統括や業務の遂行が難しくなる場合がある。放射線漏れは、単なる技術欠陥だけによるものではなく、開発体制の欠陥によって引き起こされた可能性も高い。実際、むつは、プロジェクト管理が的確でなかったためか、当初の予算の10倍の開発費と数倍の開発期間を費やすこととなった。

*9 当時、米国は「サバンナ号」を、ソ連は「レーニン号」を完成させていた。さらに西ドイツにも、原子力船の計画があった。

*10 原子力第1船開発基本計画には、軽水冷却型原子炉の採用や利用目的(海洋観測/乗組員養成訓練)が記されていた。その後、利用目的は特殊貨物船に変更された。

*11 船体は石川島播磨重工業(現IHI)、原子炉は三菱原子力工業が受注した。全長130×幅19×深さ13.2mで、総トン数は8241.72t、航海速力は16.5ノット(30.6km/h)。加圧水型原子炉1基(原子炉熱出力36MW)と縦型蒸気発生器2基を搭載していた。原子炉格納容器の設計圧力は12kg/cm2G。

*12 出力上昇試験が行われたのは、太平洋上の尻屋崎東方約800kmの沖合。

*13 計算コードとしては、1次元の「ANISN」、2次元の「DOT-3.5」、1次元および2次元の「PALLAS」などが使われた。

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