「1人完結セル生産」を実現するためには、「記憶力」という人間の弱みを補うことが不可欠だ。そのカギとなる「デジタルマニュアル」(図1)について今回は話を進めよう。

図1●デジタルマニュアルの例
3次元CADデータを活用して部品形状や組み立て手順などを表現する。作業の進み具合に連動して画面を切り替える仕組みや、文字情報を極力減らした画面づくりがポイントだ。

試作品の前にマニュアル作成

 前回(第3回)の最後に記したように、ローランド ディー.ジー.(以下、ローランドDG)在籍中に筆者は紙で印刷していた組立マニュアルをデジタルデータ化し、ディスプレイなどに表示するデジタルマニュアルの活用を考えた。そのアイデアを当時の開発担当の取締役に話すと、1つの条件を課せられた。それは、「デジタルカメラの使用禁止」である。

 当時、マニュアルは製品設計がほぼ完了してから作る最終段階の試作品をベースに作成していた。時間があれば、分かりやすいテクニカルイラストを新規に描き、それをマニュアルに貼り付けたい。しかし、製品設計が完了してからマニュアルが必要になるまでに許される時間は短い。作成期間を短縮するためにデジタルカメラで試作品を撮影し、その画像を表計算ソフトのファイルに貼り付けるといった方法となってしまっていた。

 紙マニュアルの用紙はA3判で、それを横向きに使う。左半分に作業内容や使用部品、注意ポイントを文字(テキスト)で書き、右半分に画像を貼り付けるという形式だ*1。しかも、カラー印刷はコストが高いので、どうしてもモノクロ印刷になる。このため、以前のマニュアル上のデジタルカメラ画像は、決して見やすいとはいえなかった。

*1 このようにして作成した組立マニュアルは、大型のインクジェット・プリンタの場合で500枚以上となり、厚さが5cmのファイル1冊では足りない場合もあったほどだ。

 単に「画像を見やすいものにする」ということを意図したのであれば、カラーで紙に印刷したり、ディスプレイに表示したりすれば済む。後者はまさに、デジタルマニュアルとすることで実現できる解決策だ。

 しかし、先の通り取締役はデジタルカメラの使用禁止を言い渡した。筆者はその意図を考えてみた。そして、この取締役の本意は試作品を使わないこと、つまり試作品が完成する前にマニュアルを作り上げよということであるという結論に達した。

 デジタルマニュアルであろうと、デジタルカメラの画像を使う以上、試作品の完成を待たなくてはマニュアルは作成できない。ところが、3次元CADデータを活用すればその必要がなくなり、取締役に課せられた条件をクリアできる。筆者が3次元データを活用しようと考えた理由の1つがここにある。