ホンダは、3つの喜びと人間尊重を基本理念・哲学にしているが、哲学だけでイノベーションが実現できるわけではない。「行動(技術)なき理念(哲学)は無価値」なのだ。

 そこでホンダは、理念・哲学を実際の行動に結び付ける、「企業文化」と幾つもの「仕掛け」を培ってきた(図)。人間尊重はホンダの企業文化として、3つの喜びは目指すべき目標として、ホンダ社員の体に染み付いている。

図●ホンダ流イノベーションの見取り図
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 こうした企業文化や仕掛けが、イノベーションを強力に後押しするのだ。個別の項目に関しては今後、具体的に紹介していくが、例えば本質的な目標を簡潔に表現するA00(エーゼロゼロ)や、3日3晩の合宿で1つのテーマについて徹底的に議論するワイガヤといった仕掛け、熟慮を経ていない発言に対して徹底的にしかりつける文化や学歴無用のフラットな組織という企業文化が、いわば加速装置のような役割を果たしてイノベーションを推し進める。こうした企業文化と仕掛けがホンダ独特の「熱気と混乱」を生んでいるのだ。

 もちろん企業文化や仕掛けと、哲学は、強く呼応し合っている。ワイガヤは自律、信頼、平等を前提とする人間尊重なしには成り立たないし、A00は3つの喜びを基本として考えなければならない。

 こうした哲学に立脚してイノベーションを加速するホンダ流は、実体験を通じて形成された。ただ、仕掛けづくりに関しては、3代目社長の久米是志さんの存在が大きかったと思う。

 A00を導入したのは久米さんだし、ワイガヤを始める際にも久米さんが深くかかわったといわれている。もともとおやじは、「技術の前に哲学がなきゃ駄目だ」とか「素人に分かりやすく説明できないようじゃ、おまえは分かっていない」ということを常に社員に話していた。時には「おまえたちはこれが本当にお客様の価値だと思っているのか」と涙を流しながら殴りつけることもあった。

 久米さんたちはそうやって直接鍛えられたが、おやじが第一線から遠ざかっていった時期、どうすればいいかを真剣に悩み、熟慮に熟慮を重ねたのだと思う。おやじは天才だから、普通の人間には同じことはできない。そして、何とかしておやじのDNAを引き継ごうとしてたどり着いたのがA00であり、ワイガヤだったのではあるまいか。