植物工場の登場で農業は規模から技術力へ

 農業や漁業,畜産では,動植物の生育環境を人工的に制御する超自然界が,既に実用段階にある。このうち農業における超自然界の代表例が,植物工場である(図7)。

図7●植物工場は実用期に
(a)蛍光灯に加えLEDを使った,エスペックミックとヴェルデによる植物工場。(b)L E Dを使った植物工場で生産したサラダ菜のビタミンC含有量。(c)植物工場で生産するレタス1株当たりの初期導入コストと生産コスト。(d)パーソナル植物工場の製品例。(a)~(c)は社会開発研究センターの高辻正基氏のデータ。(d)はMRTのデータ。
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 植物工場は,自然農法を超えた利点をもたらすという点で自然を超えている。土地の面積当たりの生産性を高められ,気候に左右されない安定した収穫を得られる。しかも,常に理想的な天候の下で作物を育てられることから栄養価が高い(図7(b))。将来的には,「育成状況の異なる固体に合わせて固体別に肥料や光などを調節して,大きさや味などをそろえることも可能になる」(農業機器を手掛けるヤハタ執行役員の山下洋一郎氏)。

 このような植物工場の特徴は,農業を技術力によって高付加価値化する可能性を示している。農業の事業としての成否が,規模の拡大ばかりではなく,技術の投入によって決まるようになるのだ。ここでの基盤技術は,温度や湿度,明るさなどの環境センサーと,これらを制御するためのアクチュエータとなる。そして環境センサーから蓄積したデータを活用する技術も,所望の作物を育てる上で価値を持つといえよう。

 もっとも,植物工場の導入コストは現在のところまだ高く,普及のためには,コスト削減が欠かせない2),注3)(図7(c))。植物工場の研究をいち早く進めてきた高辻正基氏(社会開発研究センター理事 植物工場・農商工専門委員会委員長)は,「コスト削減のカギを握るのは照明設備」とする。蛍光灯に加え,LEDや有機ELといった発光デバイスの低コスト化が,植物工場の普及を促すとみる。

 植物工場がデバイスの低コスト化によって,パーソナル化していくトレンドを予見させるような製品が既に市場に出ている。センサーを使った機器開発を手掛けるベンチャ企業のMRTは,家庭用の電子レンジ大の植物工場を開発,発売中である(図7(d))。レタスなど葉ものの野菜を育てられる。現在は,熱帯魚を育てる「水槽を置くような使われ方が多いようだ」(同社代表取締役の塚本耕也氏)。今後,センサーや照明などデバイス・コスト削減によって,機器のコスト・パフォーマンスを向上できるという。

注釈
注3) 高辻氏は,植物工場の普及のために流通とマーケティングが重要と主張する。ここへ来てそのような動きが現実化している。インターネットで飲食店を紹介する「ぐるなび」が,植物工場で栽培した野菜の普及促進に乗り出した。加盟店に植物工場の野菜を置くなどの施策を実施する。

参考文献
2) 高辻正基,「完全制御型植物工場」,オーム社,2007年11月.