アンビエント・デバイスには,至近距離に多数のデバイスを散りばめる用途もある。この場合,多数の機器やセンサーに対して,データや電力を容易な方法で伝送できることが重要になる。いちいちケーブルで配線するようでは面倒である。少ない配線数で,できれば無配線で接続したい。こうした応用に適用できる無線による通信や電力の伝送技術「2次元通信」を開発しているのが,東京大学 大学院 情報理工学系研究科 システム情報学専攻 准教授の篠田裕之氏である。

 2次元通信は,専用のシート上に機器やデバイスを置くだけで,データや電力を伝送できる技術である。同氏が多数のセンサーを使う人工皮膚技術の一環として開発した。

シート内を伝播する電磁波を吸い上げる

 2次元通信とは,薄いシート内を伝搬する電磁波で通信する技術である。電磁場の近接場の現象を利用する。電気的な接点を持たない機器やデバイスに対して,データの受発信や電力の伝送を可能にする。

 ここでは,電気信号や電力を伝送する媒体として,専用のシートを使う。このシート上に,送受信機であるカプラを取り付けた機器を置くだけで,通信や給電が可能になる(図1)。シート内に閉じ込められていた電磁波が,カプラを介して機器に吸い上げられるからだ。このシートを机や床,壁などに張り,カプラをノート・パソコン(ノートPC)などの機器に装着すれば,機器を机などに載せるだけで,通信と電力伝送を同時に実現できる。

図1●シート上に染み出した電磁波により伝送
専用のシート(a)内に電磁波を流すと,シートの表面にエバネッセント波と呼ぶ微弱な電磁波が染み出す(b)。送受信用のカプラにエバネッセント波が伝搬し(c),データや電力が機器に届く。(a)は東京大学 准教授の篠田裕之氏のデータ。(b)(c)は同氏の資料を基に日経マイクロデバイスが作成。
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シートに電磁波を閉じ込める

 データや電力の伝送は,シート内とカプラ内のそれぞれにある板状の導体を対向して近接させることで行われる。導体同士が相互干渉し,導体の間を電磁波が伝搬してエネルギーが授受される。

 シート内の導体の表面には,電磁波が流れている間,染み出した電磁波である「エバネッセント波」が発生する。染み出す電磁波の量,周波数は,シート内にある導体の格子の間隔と,この導体層を挟みこんでいる誘電体層の比誘電率によって制御できる。篠田氏が開発したシートは,導電層には7mm間隔で格子状に形成したAgを,誘電体層にはポリエチレンなどの樹脂で作った発泡体を採用している注1)。同氏によると,例えば,数十mWの電力伝送を行うためには,Agの格子の間隔を7mmから2mmに縮小することで実現できるとする。

 このエバネッセント波は,導体からの距離が遠くなると急激に減衰する。これによって,通常の無線通信のように,空間に広がってしまうことがなく,シートの表面に近いわずかな範囲だけに伝送が可能になる。

注釈
注1)誘電体層に樹脂の発泡体を使う理由は,誘電体層における誘電損失が大きいためである。このシート内では1m当たり1dB損失する。この要因は,導体層における抵抗,誘電体層における誘電損失の二つである。東京大学の篠田氏によると,現在のシートでは誘電体層による損失の方が大きい。