電子デバイス進化の別解

あらゆる道具や構造物の表面に電子的な機能を盛り込む(1)

  • 伊藤 元昭=日経BP社
  • 2013/05/24 00:00
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集積密度を向上させて進化する半導体とは,技術の切り口が全く異なる電子デバイスの開発が始まった。情報システムの入力機能と出力機能に革新をもたらす「アンビエント・デバイス」である。印刷技術などを駆使して,街や家の中にあるあらゆる道具や構造物の表面に電子的な機能を盛り込む。半導体は製造技術の進歩によって膨大な数のトランジスタを潤沢に使えるようになった。アンビエント・デバイスは,このような「Moore型デバイス」の後継技術ではない。両者は機能面で補完し合う,一対で使われる関係にある。

 トランジスタなど素子の製造コストを下げ,これを惜しみなく大量に使って,機器性能を高める─。電子産業が発展していく過程で一貫して採ってきた機器開発のコンセプトである。

 電子デバイスの代表である半導体では,「Mooreの法則」に沿ってトランジスタの単価を劇的に低減させた。そして,これを湯水のように贅沢に使うことによって,機器の情報処理能力と情報蓄積能力を飛躍的に高めた。

 その間,デバイス技術者,特に製造技術を開発する技術者の主な使命は,情報システムの開発者が最小限のコストで,なるべく多くの素子を駆使できる状況を作ることだった。これは今も,将来も変わらない。

 半導体に限らず,多くの電子デバイスでは,低コストで数多くの素子を作り出すための定石と言える“解”があった。「小さな領域に同じ仕様の素子を大量一括形成する」という“解”である。そして,これに最も適した製造技術が薄膜形成と微細加工の組み合わせだった注1)。こうした従来一貫して用いてきた“解”で作ったデバイスを「Moore型デバイス」と呼ぶことができる。代表例は,マイクロプロセサやDRAMなどである。既に10億個を超える規模で素子を集積したLSIを,ゲーム機やテレビなど一昔前なら考えられないほど身近な用途に,使えるようになった。

 Moore型デバイスの進化は,仮想空間内でデジタル信号を扱う莫大な情報処理能力と情報蓄積能力を生み出した。しかし,もはや仮想空間内の能力向上だけでは,情報システムの新しい価値を生み出しにくい(図1)。「環境,エネルギー,食料などの社会問題,医学の課題,教育機会の格差といった課題の解決には,現実の情報をそのまま大量に取り込むための新たな仕組みが必要」(東京大学 生産技術研究所第3部 教授の桜井貴康氏)というのが,デバイスと情報システムの研究者の共通認識になった。仮想空間の能力と釣り合う質と量の入出力機能こそが今,電子デバイスの進化の焦点になっている。

注釈
注1)多様な素子を集積して,電子デバイスの進化に新たな価値を導入すべく,「More than Moore」と呼ぶスローガンが打ち出されている。ただし,このMore than Mooreもこれまで沿ってきた“解”の原則を外れるものではない。
図1●「アンビエント・デバイス」と「Moore型デバイス」は,ネットワークを介して機能を分担
「アンビエント・デバイス」は「Moore 型デバイス」の後継技術ではない。両者は,情報システムの中で,一対で使われることになる。システムを構成する基本的な要素のうち,「入力機能」と「出力機能」を環境や人との親和性に優れたアンビエント・デバイスが主に担い,「情報処理機能」と「蓄積機能」を高速化と大容量化に向いたMoore 型デバイスが主に担う。日経マイクロデバイスが作成。
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 「入出力素子をもっと潤沢に使いたい。これを有効に使い切るためのアイデアはいくらでもある」(慶應義塾大学 環境情報学部 教授の徳田英幸氏注2))(図2)。電子システムの中で入出力の機能を担う素子が,センサー,ディスプレイ,アクチュエータなどである。いずれも温度や加速度,輝度や音量などアナログ信号で表される物理量を扱う素子だ。これらの情報を人間がコンピュータに入力するのではなく,情報システム上に自然なかたちで逐次吸い上げるには,こうした素子をさまざまな場所にバラまく必要がある。さらに,仮想空間での情報処理結果をより効果的に実空間へ出力するためには,映像だけではなく音や触感,動きなどの手段を用いて,的確に出力できる素子を配置する必要がある。

図2●アンビエント・デバイスの想定使用例から見た入力機能と出力機能を潤沢に使うことのインパクト
センサーやディスプレイを用いた既存のシステムを,アンビエント・デバイスを利用することで進化させるとどのようなことが実現できるのか。想定される用途例を示した。システムの入力機能と出力機能を,適所に分散配置させようとする発想自体には,目新しさはない。しかし現時点では,センサーやディスプレイは,特定の場所に少数使うことを前提にしたシステムが多い。これに対し,入力機能と出力機能を潤沢に道具や構造物の表面に盛り込むと,全く新しい価値を持ったシステムに生まれ変わる。日経マイクロデバイスが作成。
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 これらの素子は,画一的な仕様の素子を大量に作るのに向いたMoore型デバイスの製造技術と整合性が良くない。多様な機能を多様な材料の物性で作り出す必要があるからだ。例えば机の表面に圧力や温度のセンサーなどを分散配置した大面積センサーを作る場合,センサー素子や駆動用トランジスタが微細である必要はない。高感度のセンサー素子向けの材料や大面積で素子をネットワーク化する技術が重要になる。多様かつ大量の入出力素子で構成されるデバイスを作るためには,Moore型デバイスとは違う技術体系に基づく“別解”が必要になる。

注釈
注2)徳田氏は,アンビエント・デバイスの応用に直結する,センサー・ネットワーク技術を使ったさまざまな情報システムの開発プロジェクトを多数指揮している。例えば,賢い商品陳列台「Smart Furniture 3」。これまでの販売管理システムは,売れた商品の情報しか取ることができなかった。客が商品を選ぶ過程での行動も分析できる。他の例では,RFIDタグのリーダーを分散配置した風呂敷「Smart Fabric」。上に置かれたモノの位置や包まれたモノを認識して,サービスの提供に使う。さらに,実世界の情報を取り込んで,現実に起こっていることをリアルタイムで検索できるシステムを開発する「OSOITE Project」などがある。
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