製造業の閉塞感からいかに脱却するか。世界最高峰のヨット・レース「America’s Cup」の日本艇を設計した経験を持ち,流体力学から経営システムまでの幅広い分野を研究する東京大学 教授(当時)の宮田秀明氏は,マス・マーケットを前提にした従来の大量生産型ビジネスだけにこだわっていては,安売り競争の波にさらされるだけだと指摘する。重要なのは,社会環境を一つのシステムととらえる発想だ。

タイトル
宮田 秀明(みやた・ひであき)氏
東京大学大学院 工学系研究科 教授(当時)。1972年,東京大学大学院 工学系研究科修了。同年,石川島播磨重工業(現IHI)に入社。1977年に東京大学に移り,1994年より同大教授。専門は船舶工学,計算流体力学,経営システム工学など。世界最高峰のヨット・レース「America’s Cup」の日本チームでテクニカル・ディレクターを務めた。著書に『理系の経営学』(日経BP社)など。(写真:いずもと けい)

 今,製造業には技術を取り巻く社会環境を一つのシステムととらえ,それを根底から変える革新を打ち出すことが求められている。それが製造業に漂う閉塞感を打ち破るきっかけになる。

 米Google Inc.は好例だ。インターネット検索技術を大衆化し,検索連動型の広告ビジネスという新市場を生み出した。ものすごく革新的な技術を持っていたわけではない。検索技術をコアに,インフラやサービスをシステムとして最適化する力が極めて高かったのだ。「何か調べる際に必ずネット検索を使う」という方向に,社会システムを大きく変えたことがイノベーションだったのである。

 モノづくりにも同じような発想が必要だ。製品の販売数を競う従来の大量生産型ビジネスだけでは,技術的に優れた製品を投入してもすぐに安売り競争の波にさらされる。例えば逆に,製品の出荷数を減らすビジネスを考えたらどうなるか。“減らす”を前提に収益を拡大するには,販売後のアフターサービスなどを含めた全体システムを変えなければならない。

 新日本石油は2009年1月に,三洋電機と組んで薄膜太陽電池の合弁会社を設立した。新日石は提携に当たり,「将来,ガソリンの販売量が半分になる」ことを前提にしたという。石油製品と太陽電池を組み合わせた新サービスを生み出すことで,石油使用量が減っても収益を上げられるよう社会システムから変えるという長期的視野があると,私はみている。従来の延長線上にある社会システムを疑うことが,新しい技術やビジネスを生む発想の転換につながるのだ。