ものづくりにパラダイム・シフトが押し寄せている。機器の自作を仲間と楽しむ「UGD」が,製造業の表舞台に躍り出る。開発・製造のアウトソーシング化や要素技術のオープン化が後押しする。大量生産体制の常識を捨てた者だけが,ユーザー参加の新しい潮流をつかめる。(Tech-On!の関連特集「誰でもメーカー」はこちら

 エレクトロニクス業界はこれまで,実に数多くのエンターテインメントを消費者に提供してきた。ラジオ,テレビ,オーディオ,携帯電話,ゲーム…。エレクトロニクス・メーカーの工場から出荷される膨大な数の機器は,世界中のユーザーを魅了した。その販売で生まれた収益は研究開発の原資となり,新技術が次々と生まれた。大量生産した同じ仕様の機器を,なるべく多くのユーザーの手元に届けることが,エレクトロニクス業界を巨大な産業に押し上げたのである。

 マス・マーケットに完成品を届ける─。この「大量生産型ビジネス」とは異なる新潮流が,デジタル家電などエレクトロニクスの世界に押し寄せようとしている。ユーザーが機器やサービスの開発に参加し,メーカーが提供するハードウエアの機能モジュールやソフトウエアなどを組み合わせて自分仕様のデジタル機器を作り上げる動きである。ここでは,ユーザー参加型の開発環境から生まれた機器を「UGD(user generated device)」と呼ぶ。

ユーザーが「作る」市場が生まれる
UGDの登場が,産業構造に転換を迫る。開発や製造のアウトソーシングを積極活用し,ユーザーが製品を「作る」市場が立ち上がる。Webガジェットはそのはしり。

無数のミニコミが発展を支える

 UGDの発展を支えるのは,これまでのようなマス・マーケットではない。開発したユーザーに共鳴できる人々が構成する無数のミニ(小規模)・コミュニティーが相手だ。この変化が,従来の大量生産型ビジネスを揺さぶることになる。

 エレクトロニクス産業の黎明期から,電子工作などの自作を楽しむ趣味は存在した。ただし,今のところ限られた分野,つまりマニアの趣味にとどまっている。機器を設計し,組み立てる工程のハードルが高いことに加え,高機能化で機器設計が複雑になるにつれ,ユーザーが触れられる部分が少なくなったことが大きな理由だろう。さらに,製品に実装する中核技術はメーカー内の秘中の秘。ユーザーが入手できる要素技術は,極めて限られていた。

 ここ2~3年で,これらの壁を崩し,自作の世界をメインストリームに押し上げる変化の兆しが見え始めている。ハードウエアのモジュール化やオープンソース・ソフトウエアの普及,開発・製造のアウトソーシング化などを土台に,ユーザー参加型開発の実現に向けた動きが,世界中で台頭しつつあるのだ。

 加えて,インターネットの普及で,ユーザーが作った機器を世界中に発表する基盤も立ち上げやすくなった。誰も持っていない自分だけの機器を作り上げること自体がエンターテインメントになり,ネット上でつながった世界中の人々がミニ・コミュニティーで自ら考案した作品を媒介にしたコミュニケーションを楽しむ。作品が優れたものなら,うわさはあっという間にインターネットを駆け巡り,新たな機器やサービスの流行が生まれる。現在でもブログから小説家が誕生しているように,UGDがヒット商品になる可能性もある。こうした環境は夢物語ではなくなりつつある。

 もちろん,すべてのユーザーがモノづくりに参加するわけではない。マス・マーケットを対象にした既存のビジネスは今後も残り続ける。だが,ユーザーが創出する新しい機器や使い方の発想は,次なる技術や製品開発の方向性に悩むエレクトロニクス業界の閉塞感を打ち破る可能性を秘めている。大量生産型ビジネスとUGDは両輪となって,新たなモノづくりの潮流を生み出すことになろう。