技術が巨竜の腹中に消えていく

 なぜ,特許の海外出願で行政機関の許可を得る必要があるのか。実は,専利法20条の改正には,従来法の規定を緩める措置の側面がある。

 従来法では,中国国内で開発した技術を,まず中国で特許出願するよう定めていた。第20条の改正ではこれを緩和し,第1出願国を選べるようにした。その代わりに,行政機関による秘密保持審査を課した。

 あくまでも安全保障の観点で重要な技術などが国外流出することを防ぐ規定で,それほど障害ではないとの見方もある。だが,今後の運用次第では,日本メーカーの知財戦略に影響を与える可能性がある。中国企業だけではなく,外国企業が中国で開発した技術も審査対象になるからだ。日本メーカーが中国に開発拠点などを持つ傾向は,今後ますます進むだろう。中国拠点の開発技術を他国で特許出願できなくなれば,製品を世界展開する際の影響は大きい。

 日高氏は,相談を受けた部材メーカーの技術が「秘密保持が必要なほど特殊なものとは思えなかった」と首をひねる。同氏の体験からは,硬軟織り交ぜた制度と運用で“知財大国”を目指す中国の姿が透けて見える。まるで,世界の技術が中国という巨竜の腹中に消えていくかのようだ。

表1 情報通信分野の中国特許を取得した件数の上位10社(1985~2008年)
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 今,先進国の企業は中国での特許出願に血眼になっている。特に日本のエレクトロニクス・メーカーの傾倒ぶりは際立つ(表1)。中国で知財関連を担当する国家知識産権局が2009年3月に公表した報告書では,2003~2008年に中国で出願された情報通信分野の特許のうち,国外からの出願分の約4割が日本メーカーのものだった。

 セイコーエプソンのように,5年以上前から中国特許の優先度が欧州を上回り,今では米国と同水準になった企業もある。権利を行使しにくい日本よりも,むしろ中国で特許を出す方が得策と考え始めた大手メーカーも少なくない。