プロパテント政策のツケ

 問題の本質は,特許が消えることではなく,日本で特許の権利行使をためらう風潮が広がったことにある。権利を主張すると,逆に特許自体を失うリスクが高まっているからだ。

 無効と判断された特許で他社からロイヤルティーを得ていた場合,その契約が意味をなさなくなる可能性は高い。実際,このリスクを背景に,日本では特許侵害訴訟の件数が減少している(図2)。

図2 日本の特許出願件数と侵害訴訟提起件数の推移
日本での特許侵害訴訟の件数は2004年をピークに,減少している。特許庁や裁判所の統計を基に高倉成男氏が調査した。グラフ作成は日経エレクトロニクス。

 特許の有効性を裁判所が判断できる現状には,肯定的な意見もある。訴訟期間が短くなるなどの利点があるからだ。凸版の萩原氏は「企業にとって効率がいい」と前向きに評価する。

 だが,逆の意見は根強い。侵害訴訟で特許無効と判断された経験のある企業の知財担当者は「侵害を見つけても,積極的に権利を行使できない」と,萎縮効果の不満を打ち明ける。被告として特許無効で勝訴した企業の担当者からも「訴える側になったら,確かに不安」との声が聞こえてくる。

 皮肉にも,「国が推進してきたプロパテント政策が,特許を使いにくくする逆の方向に作用した」という悲鳴が上がる。訴訟の多寡が必ずしも政策の効果を示すとは限らないが,「日本で特許の価値が上がったとは思えない」と指摘する法律関係者は多い。

 侵害裁判で,日本の特許が消える状況がうれしいのは誰か。侵害の疑いをかけられた被告企業はもちろんだが,実は最も喜ぶのは“漁夫の利”を得る韓国や中国などの競合企業だと多くの法律関係者が言う。日本で無効になれば,海外で同時に出願した同じ特許の権利を主張できなくなる恐れがある。

 人口減による内需消費の停滞や,生産拠点の海外移転などで,海外企業ばかりか国内企業からも,日本で特許を取得する意味が疑問視される。その一方で,世界の特許をのみ込もうとしている国もある。中国だ。