これは、技術に限ったことではない。新事業や新サービス、全く新しいデザインコンセプトの提案といったイノベーティブな案件ほど、こうした悲劇が起きている。これで提案者のやる気は根こそぎ奪われる。イノベーションに対する死の宣告といっても過言ではない。

 筆者の大学での主要研究テーマは「組織におけるイノベーションの在り方」なので、ここは専門分野である。イノベーションに挑戦しようとする皆さんには、こうした「イノベーションの死」が起こる状況を把握しておいてほしい。それを知っていれば、イノベーションを阻害する人たちや状況に対して、どう闘えばいいかのヒントになるからだ。

 意外ではあるが、イノベーションの足を引っ張る人たちは、善意もしくは正しいと思ってやっている。悪意でやっているわけではないので説得の余地はあるが、正しいと思っているだけに始末に負えないとも言える。

 このようなイノベーションの死を理解するには、企業活動を執行(オペレーション)と創造(イノベーション)に分けて考えるとよい。この分類は、イノベーションの本質を明らかにするために筆者が提案しているもので、ここでいうオペレーションは、論理的に正解を追求できる業務のことである。ここには「社員の給与計算」といった典型的な定型業務だけではなく、例えば4~6年間隔で実施するクルマのフルモデルチェンジ(それに伴う技術開発も含む)や生産ラインの改善活動も含まれ、企業活動の約95%を占めている。オペレーションの本質的な特徴は、すべきことが明確で、それを効率化することが主眼となることである。

 一方、イノベーションは全く異なる。以前紹介したように(Part1 第2回:「絶対価値」を実現する)、「技術を現状のフェーズから未踏の領域へ飛躍させて、絶対価値(本質的な価値)を実現する」ことが目標である。最終的には成功か失敗のどちらかなので、改善や改良とは別物だ。

 表は、両者の違いを際立たせるために、典型的なオペレーションとイノベーションを比較したものである。オペレーションには95~98%という高い成功率が必須となる。ここでの成功とは、例えばクルマのフルモデルチェンジの場合は、目標通りのクルマを決められた期間とコストを守り、高い品質で造り上げることである。失敗は許されない。実施期間があまり長期化するとマネジメントが効果的に機能しなくなるので、期間は1年から、長くても数年に限られてくる。成功するための方法論(武器)は、論理と分析だ。

表●オペレーションとイノベーションの違い
表●オペレーションとイノベーションの違い

 一方、本格的なイノベーションの成功率は10%にも満たない。つまり、多くは失敗する。実施期間も10年以上に及ぶことが多い。長期間にわたって成功率の低い多数のプロジェクトをマネジメントすることは、論理と分析に基づいたきめ細かな手法では無理だ。このため、「熱意や想い」といった、人間性に基づく原理でプロジェクトが運営される。ホンダは一時期、そのイノベーションにおいて、およそ20%の成功率を達成していた。通常の2倍以上である。こうして実現した絶対価値がホンダの成長の大きな原動力になったのである。

■この記事の基になった『日経ものづくり』の連載は,書籍『ホンダ イノベーションの神髄』として2012年7月に弊社より刊行いたしました。Tech-On!書店Amazonなどインターネットからも購入いただけます。