犬も歩けば棒に当たる

 転機は,それから間もなくして訪れた。2006年暮れの週末,3人兄弟の末っ子(当時7歳)にねだられ,本屋へ行ったのである。そこではたまたま「飛び出す絵本」のコーナーが特設され,数多くの本が展示してあった。「こういう本って,結構高いんだよな」と思いつつ,息子が夢中になって本を開けたり閉めたりしている様子を眺めながら,「この仕組みをスピーカーに使えないかな」と,ふとひらめいた。

 だがすぐに,「そのぐらいのことなら,大昔に考えた人がいるだろうな」「たとえそうだとしても,現在,物になっていないということは,きっと無理なんだろうな…」と思い直し,本屋を後にした。なお,息子の飽きっぽい性格を知っていたので,結局,飛び出す絵本は買わなかった。

 その後も,スピーカーの新しい駆動方法をいろいろと考えたが,非現実的なアイデアしか思い浮かばない。そこで,「イチかバチか,アレ(飛び出す絵本の機構)をやってみるしかない」と思い切り,3次元CADをインストールしてあるノート・パソコンを使って少しずつ構想を練ることにした。3次元CADは便利なツールで,試作をせずともメカニズムが動く様子などをチェックできるからだ。

 その後,半年ぐらいは仕事の合間を見つけてはコソコソと作業を進めた。「人が近づいてくるとノート・パソコンのフタを閉める」というふうにである。「飛び出す絵本の原理でスピーカーを設計する」などというアイデアに挑戦していると部下に知られたら笑われるのではないか,と思った。スピーカーの駆動部にヒンジ機構を組み込むというアイデアは,それほど心理的なハードルが高かったのだ。