原音に忠実な音声と,小さなスペースの両立。現代のスピーカーは,大きなジレンマを抱えている。先人たちの苦労と魂が注ぎ込まれ「匠の技」に支えられた 銘機と呼ばれるスピーカーは,その素晴らしい音質で今もなお人々の心を引き付けている。一方で,スピーカーは工業製品としての使命も負っている。与えられ た制約条件を満たしつつ,どんな場面でも,より忠実な音声を届けるために自らの形を変える必要がある。
特に,さまざまな工業製品で高度な部品の集積化が進んでいる。スピーカーに与えられるスペースは年々小さくなってきた。厳しくなる制約条件の中,スピーカーは形を変えて対応してきてはいるが,忠実な音声を届けるための技術的なハードルはますます高くなっている。
我々が開発した「HVT方式」は,そのようなジレンマを解消するスピーカー技術である。ボイス・コイルと振動板を横に並べて配置しており,ボイス・コイルと振動板を縦に積み重ねて配置する一般的なダイナミック・スピーカーとは大きく異なる。
HVTとは,Horizontal-Vertical Transformingの略である。スピーカー・ユニット内部に「スコット・ラッセルのリンク機構」を内蔵し,ボイス・コイルなど駆動源の振幅方向(振 動板の動きを垂直方向とすると,水平方向に振動)の向きをテコ(レバー)で直角に変換して,振動板を振幅させる仕組みを取る。このようなボイス・コイルの 配置および振動の伝達手段により,従来同等の低域再生を可能にしつつ,約1/3~1/4という大幅な薄型化に成功した(図1)。
堀米 実、阿部 泰久、引地 俊博
同事業部 第一生産部 開発技術部 音響開発課
前川 孝治
同事業部 第一生産部 開発技術部