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なぜ薄いスピーカーが必要か

ジレンマを解消する「HVT方式」の実現技術(第1回)

2013/02/01 00:00
小林 博之,堀米 実,阿部 泰久,引地 俊博,前川 孝治=東北パイオニア
出典:日経エレクトロニクス2010年5月10日号pp.73-76 (記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります)

 原音に忠実な音声と,小さなスペースの両立。現代のスピーカーは,大きなジレンマを抱えている。先人たちの苦労と魂が注ぎ込まれ「匠の技」に支えられた 銘機と呼ばれるスピーカーは,その素晴らしい音質で今もなお人々の心を引き付けている。一方で,スピーカーは工業製品としての使命も負っている。与えられ た制約条件を満たしつつ,どんな場面でも,より忠実な音声を届けるために自らの形を変える必要がある。

 特に,さまざまな工業製品で高度な部品の集積化が進んでいる。スピーカーに与えられるスペースは年々小さくなってきた。厳しくなる制約条件の中,スピーカーは形を変えて対応してきてはいるが,忠実な音声を届けるための技術的なハードルはますます高くなっている。

 我々が開発した「HVT方式」は,そのようなジレンマを解消するスピーカー技術である。ボイス・コイルと振動板を横に並べて配置しており,ボイス・コイルと振動板を縦に積み重ねて配置する一般的なダイナミック・スピーカーとは大きく異なる。

図1 HVTユニットの寸法
①は,振動板(黒色の四角形)の外形寸法が75mm×57mm(丸型87mm相当)の片面駆動HVTユニットである。ユニット の外形寸法は幅140mm×高さ91mm×厚さ17mm。②は,振動板の外形寸法が49mm×22mm(丸型53mm相当)。HVTユニットの両面に振動 板を配置する両面駆動となっている,無指向性のHVTユニットである。ユニットの外形寸法は幅50mm×高さ60mm×厚さ12mm。
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 HVTとは,Horizontal-Vertical Transformingの略である。スピーカー・ユニット内部に「スコット・ラッセルのリンク機構」を内蔵し,ボイス・コイルなど駆動源の振幅方向(振 動板の動きを垂直方向とすると,水平方向に振動)の向きをテコ(レバー)で直角に変換して,振動板を振幅させる仕組みを取る。このようなボイス・コイルの 配置および振動の伝達手段により,従来同等の低域再生を可能にしつつ,約1/3~1/4という大幅な薄型化に成功した(図1)。

小林 博之
東北パイオニア スピーカー事業部 第一生産部 開発技術部 音響開発課 課長

堀米 実、阿部 泰久、引地 俊博
同事業部 第一生産部 開発技術部 音響開発課

前川 孝治
同事業部 第一生産部 開発技術部

 さらに,HVT方式は「スピーカー・キャビネットの小型化対応が容易」「不要振動が少ない」「理想的な無指向性スピーカーが実現しやすい」など,薄型化と低域再生能力以外にもさまざまな可能性を併せ持つ。

†不要振動=振動板の振動の反作用によって発生する,スピーカー・ユニット全体を押し返す振動のことである。

 HVT方式は,従来のスピーカーを否定するものではない。HVT方式の本質は,「振動板の駆動にテコを介在させる」点にある(図2)。これにより,スピーカー形状の選択肢を増やした。スピーカーの使用目的によって選べる技術の選択肢が追加されたと,とらえてほしい。本稿では,HVT方式の開発意義や機構,応用範囲などを解説する。

図2 HVT方式の動作原理
HVT方式は,水平の動きを垂直に変換して動作するスピーカーの技術である。スピーカーに「スコット・ラッセルのリンク機構」を取り入れ,振幅方向の変換を可能にした。スコット・ラッセルのリンク機構は,英国人のJohn Scott Russell(1808~1882年)が発明した。水平方向の直線運動の入力に対し,垂直方向の直線運動に変換するリンクがあることが特徴である。HVT方式スピーカーでは,スコット・ラッセル・タイプおよびパンタグラフ・タイプのリンクを取り入れた機構で特許を33件出願済みで,うち1件が特許登録済み。
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常識を覆して機器進化に一助

 21世紀に入り,電子回路やディスプレイなどの発展はますます目覚ましく,身近な機器,例えばテレビやパソコン,ナビゲーションなどの各種デジタル機器は大幅な小型化・薄型化・高性能化が進んでいる。自動車や航空機などの分野では,貴重な居住空間確保を損なわずに快適性を向上させる要求が根強く,電子機器にはさらなる小型化が求められている。

 だが,音声を再生するという重要な役目を担うスピーカーは残念ながら,それら機器の進歩や要求についていけていない。「十分な低域再生とダイナミック・レンジの確保には,大きく重いスピーカーが必要」という常識を変えないと,今後,各種機器の足を引っ張ってしまうことになる。

 従来のスピーカーの設計では,「どのくらいの低音を,どの程度で再生する必要があるのか」が,寸法を決定する大きなファクターとなってしまう。これを解決するべく,今回開発したHVT方式は「薄さと低域再生の両立」という点に最もこだわった。

 量産を開始した75mm×57mm(丸型87mm相当)の振動板を持つダブル・モータ片面駆動の「HVTユニット」を例に取ると,厚さが17mm,最低共振周波数(Fo)は85Hz。同口径の通常のスピーカーは厚さが40~50mm程度,Foは120~200Hz程度である。これらの数値が示すように,HVT方式は薄型でも,より低い音が再生可能であることが分かるだろう。

スピーカー・ボックス厚は20mm

 スピーカー・ユニットだけが薄くなっても,スピーカー・ユニットを収めるエンクロージャー(ボックス)が大きいままでは意味がない。スピーカーの世界では,半ば常識として「十分な低音を再生するためには,大きいエンクロージャーが必要」といわれる。小さいエンクロージャーの場合,内部の空気ばねが硬くなることが低音再生におけるマイナス要因であるからだ。対処方法はある。以下の3点が重要なポイントになる。

1. スピーカー・ユニットそのもののばね性が柔らかいこと
2. 振動系質量(Mo)が大きいこと
3. Moを大きくするときには強力な駆動力(F)を備えること

 1と2は先に出てきたFoを決定付ける要素であり,HVT方式はその要件を十分満たしている。3の駆動力においても,ボイス・コイルの振幅方向に極端な制限がない場合,HVT方式は有利である。1~3の要件を満たすHVTユニットは,非常に小さいエンクロージャーにも対応が可能である。

 この特性を生かすことで,HVTユニットを使うと,エンクロージャーの厚さが20mmで容積が1Lに満たない薄型スピーカー・システムが可能となる。このようなスピーカー・システムは,薄型化が進んでいるテレビや,スペースに制約がある車載機器に最適ではないかと思われる。天井やダッシュボード,リアトレーなどの内装品に対してわずかな厚さで埋め込める。携帯機器では,より可搬性に優れた商品の企画も可能になる。