フィンランドからの電話

 「内海さん,大変です」

 Nokia社との合弁工場の建設を韓国で進めていたある日のこと。内海は,フィンランドに派遣していた部下から,突然電話を受けた。かなり慌てた様子だった。

 「どうした。何かあったのか」

 「大変です。こちらの工場は自動化が全くゼロです。全部,手作りでやってます」

 「なに,そりゃ本当か」

Nokia Mobiraの責任者だったNieminen氏との1枚。内海氏とNieminen氏はプライベートの付き合いも深く,同氏がBenefon社を立ち上げた際にも相談に乗っていた。
Nokia Mobiraの責任者だったNieminen氏との1枚。内海氏とNieminen氏はプライベートの付き合いも深く,同氏がBenefon社を立ち上げた際にも相談に乗っていた。
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 内海が部下をフィンランドに送っていたのは,携帯電話機の製造ノウハウを取得するためだった。Nokia社との合弁工場を立ち上げるには,携帯電話機向 けの自動化量産設備を構築したり運用したりするノウハウが不可欠になる。Nokia社のフィンランドの工場で,それらを取得する目的で,内海は約20人の 技術者を研修に送っていた注3)。ところが,派遣した技術者によれば,当地では1台1台を手作業で製造しており,全く自動化が進んでいなかった。当時は Nokia社といえども,携帯・自動車電話機の販売数量はそれほど大きくなかったためとみられる。

注3) 内海の腹心の部下には,当時東京都・調布にあったTC電子の技術者がいた。TCとはTandy Corp.の略。Tandy RadioShack向けに電子機器を製造する工場として,1970年代初頭に誕生した。当初は設計から製造まで手掛けていたが,その後設計開発のみとな り,製造は韓国にあるTandy Electronics Koreaなどで手掛けるようになった。