実用化はまだ先だが、Nd-Fe-B系焼結磁石のDyやTbの使用量をさらに減らすための研究も進んでいる。その1つが、物質・材料研究機構の宝野氏らによる、DyやTbを用いずに同磁石の保磁力を高める技術だ*1。まだ焼結磁石ではなく磁粉としての成果だが、約1560kA/m(19.6kOe)という高い保磁力を実現している*2。
同氏らが採ったアプローチは、(1)同磁石の主相であるNd2Fe14Bの結晶粒の微細化、(2)粒界相であるNdリッチ相の改善、である。Nd-Fe-B系焼結磁石は通常、主相の結晶の粒径が小さくなるほど結晶粒内における磁区*3の磁場の逆転が発生しにくくなる。結晶粒が小さいと、多磁区よりも単磁区で存在した方がエネルギ的に安定するためだ。多磁区状態では、隣接する磁区で磁場が反転すると、それが他の磁区へとドミノ倒しのように伝播する。単磁区状態ではそうした磁場反転の発生頻度を減らせるため、減磁しにくくなって保磁力が高まる。
同氏らが主相の結晶粒を微細化するために用いたのが、HDDR(水素化・不均化・脱水素・再結合)プロセスである(図5)。その最大の特徴は、化学反応を利用して結晶粒の微細化を図ること。磁粉を物理的に細かく粉砕して結晶粒を微細化する方法と違って磁粉をそれほど細かくしないで済むため、Ndリッチ相が酸化されにくい。Ndリッチ相は酸化すると非磁性ではなくなるため磁気的な結合を切れなくなってしまうが、同プロセスならそうした酸化を防げる。
HDDRプロセスでは、まず磁粉を水素(H2)雰囲気中で加熱する。それにより、Nd2Fe14BをNdH2、Fe、Fe2Bに分解。続いて、それを真空中で加熱して水素を抜き、Nd2Fe14Bに戻す。一連の化学反応によって、主相の結晶粒は当初の100μmから250nm程度に微細化できる(図6)。しかも、処理条件を適切にコントロールすることで、個々の結晶粒の磁化方向を元の磁粉のそれとある程度まで一致させることができる。