山を越えることで目が輝く

 技術者の経験の欠如は、日本メーカーの国際化を阻む原因の一つになっているという厳しい声もある。

 早稲田大学 政治経済学術院 教授の白木三秀(59)らの研究グループは、2008年から2年かけて、ASEANや中国で、日本企業の現地法人を対象にアンケートを実施した。現地採用の従業員に日本人と現地人の中間管理職を評価させたところ、ほとんどの項目で現地人の管理職の方が高い評価を得ているという結果が出た。特に、日本企業の生産拠点として長い歴史があるASEANでは現地採用の優秀な人材が育っている。このため、現地人の管理職を高く評価する傾向が顕著だったという。

 「日本人技術者が現地に行くと、経験のないまま工場長や現場のリーダーを任される。結果、意思決定ができないという実態がある。今後、日本の製造業のグローバル経営はこれまで以上に進む。優秀な現地の技術者との競争の中で技術開発をするという危機感を持った方がいい」と、白木は指摘する。

 NTTドコモでサービス&ソリューション開発部長を務める栄藤稔(50)は、米国・シリコンバレーでの駐在経験で人的ネットワークの大切さを痛感した。「イノベーションは技術の組み合わせで起きる。それを実現するには、人的ネットワークが重要な役割を果たす。日本の大企業の文化に浸かっていたら、イノベーションをプロデュースすることはできない」。

 三洋電機で40年近く半導体や回路シミュレーション分野の技術者として活躍した名野隆夫(65)は、今の新興国は自分が若い頃と同じだと感じている。「当時は、少しでも状況を良くしようと懸命に勉強した。生きることが懸かっていたから」。ただ、当時と今では大きく違う点があることも理解している。それは、会社がどんどん変化するということだ。「働く環境に合わせて技術者も変わらなければ、次のステップには進めない」という思いは、かつてよりも強まっている。

 名野は今、技術者にアナログ回路設計を教えている。講義の最初の段階では、「なぜ私がアナログ回路を学ばなければならないのか」「この仕事をやるために会社に入ったのではない」という態度の技術者も少なくないという。

 そのとき、名野はかんで含めるように、受講者にこう言い聞かせる。「あなたが生きる道はこれしかない。仮に好きな仕事に就いたとしても、いずれまた仕事は変わる。そのたびに逃げ続けるのか」と。講義の中で課題を解決し、経験という山を越えた技術者の目は、輝きを取り戻す。その輝きが増えるほどに、日本のエレクトロニクス業界は元気になる。

名野アナログ回路研究所の名野氏