エレクトロニクス産業のさまざまな環境変化にどう対応すべきか。技術者に求められるのは、自ら道を切り開いていく強い意志だ。突然訪れた転機に、技術者はどう動いたのか。=文中敬称略

モーションポートレートの川村氏

 「単に、技術開発を続けるだけなら、ソニーに残るという選択肢もあった。でも、ベンチャー企業で自分の技術を試してみたかった」─。画像処理技術を手掛 けるモーションポートレート リサーチャーの川村亮(31)は、ソニーから従業員わずか9人のベンチャー企業の設立メンバーに加わる道を選んだ理由をこう語る。

 川村は大学院修了後の2004年に、ソニー木原研究所に入社した。ソニーの元専務である故・木原信敏(享年84)が、ソニーとの共同出資で設立した研究所だ。画像認識のアルゴリズムを開発したいと考えた結果、ソニー本体ではなく、独立した研究所での開発を志望した。

 木原研ではほぼ同時期に、川村の現在の所属先と同じ名称の画像処理技術「モーションポートレート」の基本技術の開発が始まっていた。1枚の顔写真から目 や口の形状などの特徴点を自動で抽出し、その顔によく似た3次元グラフィックス(CG)を作り出す技術だ。目や口を動かせる他、眼鏡や髪形などを自然な形 で追加できるようになる。この技術を応用すれば、2枚の顔画像を違和感なく合成することも可能だ。

 入社早々、モーションポートレート技術の開発チームに配属された川村は、「これが本当にCGなのか」と驚いたという。以降、この技術の事業化を目指し、画像処理のアルゴリズム開発に没頭していった。

ソネットの出資でベンチャーに

モーションポートレートの藤田氏

 だが、順調にスタートした技術者生活は転機を迎える。2006年3月末に、ソニー・グループの事業再編の一環として木原研の活動終了が決定したのだ。モーションポートレート技術の事業化を模索している段階だっただけに、川村を含めた開発陣はショックを隠せなかった。

 「面白い技術だけに、なんとか日の目を見るようにしたい」。当時 木原研で代表取締役社長を務めていた藤田純一(51、現・モーションポートレート 代表取締役社長)も開発陣と同じ思いを抱いており、事業化に向けたさまざまな道を探していく。藤田はまず、ソニー主体での事業化に向けて動きだした。しか し、大企業であるソニーでは、新規事業を起こすのは容易ではない。「技術は面白いが、事業規模が見えない」という上層部の判断を覆すことができなかった。

 ここで救いの手が差し伸べられる。木原研時代に、別の開発プロジェクトを共同で進めていたソネットエンタテインメントにデモを見せたところ、役員から高 評価を得ることができた。こうしてソネットの出資を取り付けた藤田らは、2007年7月にモーションポートレートを設立。藤田の誘いを受けた川村は、迷う ことなく創業メンバーとして参加した注1)

注1) モーションポートレートの社員は、ソニーまたはソネットからの出向となっている。