自らの力量だけを頼りに国境を越え、世界に挑戦する。その入り口は、日本メーカーだけではなくなった。「エレクトロニクス業界の技術開発の中心は東アジアに移った。そこでの仕事は、世界の表舞台での活躍を意味する」。韓国Samsungグループへの転職を体験した40歳代の日本人技術者は、こう言い切る。

 もちろん、国内メーカーにとどまり、次代を担う開発に挑む技術者は圧倒的に多い。そうした多数派の技術者には、別の角度から転機が訪れる。


 社内で化粧品の要素技術の研究が進んでいることは知っていた。だが、まさか自分に白羽の矢が立つとは…。富士フイルムの中村善貞(52、R&D統括本部 医薬品・ヘルスケア研究所 研究担当部長)は、6年ほど前に言い渡された新たな開発テーマへの驚きを思い出す(図4)。

図4 事業構造改革が転機を迫る
富士フイルムの中村氏。銀塩フィルムなどの技術開発で培った知見を生かして、新規事業の化粧品の開発に挑む。

 当時、富士フイルムは創業以来の転機にあった。デジタル・カメラの普及を背景に、想定を上回るスピードで主力事業だったカメラ用の銀塩フィルムの需要が減少したのだ。この分野を中心に人員やコストを削減する事業構造改革の嵐が吹き荒れた。

 これとほぼ同時に立ち上がり、2006年に富士フイルムが新規参入した事業が、化粧品やサプリメント分野である。2009年3月期の売り上げが前期比2.5倍に伸びるなど好調で、2010年9月には中国市場の開拓にも乗りだした。

 開発リーダーとして新規事業の立ち上げの任に当たった中村は、長く銀塩フィルムやプリント材料向けの機能性素材の開発などに携わった技術者。化粧品と銀塩フィルムは有機化学という技術の基礎は同じでも、製品の性格が全く違う。当初は戸惑った。

 社内に開発の経験者はいない。しかも、国内の化粧品産業は成熟市場。社内には「大丈夫か」と参入を危ぶむ声もあった。それでも「面白い」と思い直した。少人数で始まった新規事業の立ち上げには一体感がある。女性や医師の意見に耳を傾けながらの開発は初めての経験で、不安よりもワクワクする気持ちが勝った。

 中村は「新たな挑戦から学ぶことは多い」と、真剣な面持ちで話す。「化粧品ユーザーが求めるニーズの多様性には驚く。銀塩フィルムなどで学んだ基礎技術の蓄積があったからこそ、既存の化粧品メーカーにはない機能性を盛り込めた」。