広がる技術者の活躍の場

 竹田が感じたこの迷いは、日本の技術者に対する韓国メーカーの期待を変えつつある。背景にあるのは、韓国メーカーが多くの製品分野で業界のトップクラスになったが故の悩みだ。「日本に学び、追い越せ」の掛け声で技術開発を進め、企業規模は大きくなり、業容も拡大した(図3)。結果、立場は180度変わった。今後も成長を続けるには、追い掛けてくる中国企業などの影を感じながら、次のメシの種となる革新的な技術を自ら生み出さなければならない。かつての日本メーカーの悩みと同じ構図だ。

図3 新事業の創出で拡大する海外メーカー
エレクトロニクス関連企業の連結売上高の推移。2005年を1とした。Apple社とGoogle社は売上高の規模を5年間で4倍以上に拡大した。Samsung社の売上高はほぼ2倍に増えた。国内大手5社の事業規模はほとんど変わっていない。韓国メーカーとGoogle社は各年の12月期、日本メーカーとApple社はそれぞれ3月期と9月期の通年決算を基にした。

 一本釣りで引き抜いた技術者に“漏れなく”付いてくる過去の開発成果より、むしろ未来の成果を生むポテンシャルを重視するようになった。韓国メーカーが日本の技術者を見る目の変化を、こう指摘する声は多い。

 例えば、韓国LG Electronics社。2010年9月に同社の日本研究所の代表取締役に就任した、元ソニーの尾上善憲(59)は「日本に根差した雇用を生み出したい」と、自らのミッションを説明する。韓国メーカーへの転職では「『技術を吸い上げたらクビ』の使い捨て」「日本に戻れない片道切符」といった風評が根強く残る。実際、一部の韓国企業で風評通りの体験をした転職組も少なくなかったからである。尾上の使命は、いまだに日本で語られることの多い、こうした誤解の払拭だ。LG社は、研究開発の人員を増やすことを目指して、2011年度に日本での新卒採用にも踏み切った。

 日本の技術者への期待が高まっているのは、この数年で韓国メーカーと同様に業容を拡大した、米国のIT(情報技術)関連企業も同じだ。スマートフォンやタブレット端末の世界的な市場拡大を受けて、米Apple社のように日本でハードウエア技術者の採用を本格化する企業も出てきた。