お薦めトピック

【実用化の経緯】「このまま日本で実用化したかった」

2012/11/09 00:00
小谷 卓也=日経エレクトロニクス 兼 デジタルヘルスOnline
出典: 日経エレクトロニクス,2011年9月5日号 ,pp.60-63 (記事は執筆時の情報に基づいており,現在では異なる場合があります)

会社誕生

 話の始まりは1990年。当時30歳だった医師の山崎健二氏(現・東京女子医科大学 心臓血管外科 主任教授)は、「EVAHEART」のルーツとなるアイデアを思い付いた。左心室の先端部に穴を開け、そこに人工心臓を挿入するというものだ。心臓血管外科の臨床医だった同氏は、日々目の当たりにしていた重症の患者を助けるために自ら考案したアイデアを実用化したいという夢を、父親である山崎壯一氏(現・サンメディカル技術研究所 相談役)に打ち明けた。

山崎家の系図
創業者の壯一氏と、3人の息子が、それぞれ重要な役割を果たした。(図:サンメディカル技術研究所の資料を基に本誌が作成)

 実は壯一氏は、セイコーエプソンの創業者である山崎久夫氏を父に持ち、ミスズ工業という精密加工関連の会社など多くの事業を手掛けていた人物である。息子の夢を聞いた壯一氏は、新たな会社を立ち上げることを決めた。人工心臓という性格上、実用化までに莫大な資金と時間がかかる可能性がある。仮にミスズ工業の一部門として取り組むのでは既存事業に影響を与えると同時に、人工心臓の開発自体も頓挫しかねない。専業の会社を立ち上げれば、個人資産を切り崩してでも開発が続けられると考えた。

会社設立からの主な歩み

 壯一氏は、新会社設立に向けた不退転の決意を3人の息子に伝えた。長男の俊一氏(現・サンメディカル技術研究所 代表取締役社長)、次男の健二氏、そして三男の泰三氏(現・ミスズ工業 代表取締役社長)である。兄弟3人の「3」、息子の「son」、心臓を天体における太陽になぞらえて「sun」…。こうして、サンメディカル技術研究所は1991年に誕生した。

【日経デジタルヘルス・セミナー】

次世代がん診断サミット2015
~「超早期」への破壊的イノベーション、始まる~


1滴の血液や尿、呼気などといった容易に取得できる生体試料からがんの兆候を捉えるといった破壊的イノベーションの最新動向や、それらのイノベーションがもたらす医療のパラダイムシフトなどについて一望できるプログラムを用意しました。詳細はこちら

日時:2015年9月2日(水)10:00~17:00
会場:富士ソフト アキバプラザ(東京・秋葉原)

お知らせ

日経デジタルヘルス Special

記事ランキング