高尾 洋之氏
高尾 洋之氏
東京慈恵会医科大学
脳神経外科講座 助教
(写真: 関 行宏)

富士フイルムは、スマートフォンを利用して脳卒中の救急医療を支援する遠隔画像診断治療補助システム「i-Stroke(アイストローク)」を 2011年6月に発売した。当初は「iPhone 4/4S」のみの対応だったが、2012年1月にはNTTドコモの「GALAXY」と「Xperia」にも対応機種が拡大した。同システムのコンセプトを 立案し、開発に携わった東京慈恵会医科大学の高尾氏が、開発の背景や同システムの概要などを解説する。(小谷 卓也=日経エレクトロニクス)

 i-Strokeは、脳卒中を発症した患者が搬送された病院から、院外にいる専門医が持つスマートフォンに患者の検査画像や診療情報などを送信できるシ ステムである(図1)。たとえ専門医が院内にいなくても、専門医が治療に必要な処置のアドバイスをするなどの支援が可能になる。

図1 スマートフォンを利用した
新たな医療システムを構築富士フイルムが2011年6月に発売した、遠隔画像診断治療補助システム「i-Stroke」の表示画面例。同社と東京慈恵会医科大学の共同研究により、臨床的な知見を得た。
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 国内では、東京慈恵会医科大学など数機関がi-Strokeを導入している。既に2011年10月までに、同システムによって100人以上の救命が行わ れた。海外からの注目も集まっている。米国の大手総合病院であるRonald Reagan UCLA Medical Center(ロサンゼルス)やMayo Clinic(アリゾナ)、Cornell University(ニューヨーク)でも導入の検討が進んでいる。英国などの欧州諸国からも導入に関する問い合わせが来ている。

「医療のシェア」が重要

 私がi-Strokeのコンセプトを立案したのは、2009年7月のこと。同システムは非常に単純なものと思われるかもしれないが、その簡単なことを必要とする現状が、実際の医療現場にはあった。

 救急医療の現場では、患者を受け入れる病院がなかなか見つからないという問題がある。患者の症状に合った専門医が見つかればスムーズに対応できる場合が 多いが、例えば夜間にA病院に何を専門とする医師がいるのか、救急車からはよく分からない。仮に病院が患者を受け入れた場合にも、「何でこんな患者を受け 入れたの? 私の専門じゃないのだけど…」といった会話が交わされているのが実態なのである。

 こうした問題を解決するには、医療の「シェア(Share)」という考え方が極めて重要になる(図2)。医師一人で解決できることは、実は非常に少な い。専門医がいない病院で患者を受け入れたとしても、身近なデバイスで診断画像を送信できたり、治療の相談をできたりすれば、「たらい回し」になる患者を 一人でも少なくできる可能性がある。その実現を狙ったのが、i-Strokeなのである。

図2 医療の「シェア」が重要
図2 医療の「シェア」が重要
医療現場の課題を解決するために、医療の「シェア」という考え方が不可欠である。(図:東京慈恵会医科大学の資料を基に本誌が作成)