「なくてはならない」を作る

 まず(1)のヘルスケア事業に対する取り組みに当たり、我々の基本的な考え方を紹介したい。「デジタルヘルス」という言葉が示すように、我々を含めて多 くの企業がエレクトロニクス技術やICTをヘルスケアの分野に活用していこうと考えている。ただし、単にヘルスケアをデジタル化したからといって新たな産 業が創出されるわけではないと理解している。

 もちろん、技術を生かせばヘルスケア分野に向けた新しいプラットフォームを構築できるだろう。重要なのは、そのプラットフォームの上に価値のある医療 サービスを創造できるかどうかにある。つまり、患者にとって「あったらいいな」ではなく、「なくてはならない」ものを構築することが不可欠だ。こうした考 えの下、我々はヘルスケア事業に取り組んでいる。

高齢化をチャンスに

 我々が、ヘルスケア事業に注力する背景の一つは、高齢化という社会現象にある(図2)。既に日本では高齢化率(人口に占める65歳以上の割合)が25% に近づいていて、2050年には40%をうかがう状況になる。つまり日本は、世界の中で先んじて高齢化が進む、いわゆる“高齢化先進国”といえる。この事 実は、我々にとって大きなチャンスだと考えている。

図2 ヘルスケアを取り巻く環境
図2 ヘルスケアを取り巻く環境
ヘルスケアに関連する社会の大きな流れと、そこから考えられるヘルスケアの傾向を示した。(図:パナソニック ヘルスケアの資料を基に本誌が作成)

 日本では1970~1980年代、公害が大きな社会問題になった。その結果、公害防止技術が産業として成立し、今では輸出ビジネスになっている。それと 同様に、高齢化への対応が世界に対して広く展開していける産業に育つ可能性が高いとみている。日本は高齢化率では確かに世界の先頭を走っているが、高齢者 の数で見ると中国やインドの方がはるかに多くなる。その事実だけを踏まえても先は明らかだ。

世界市場を見据えるべき 

 むしろ、ヘルスケア分野に取り組む上では、必ず世界市場を見据えることが不可欠だろう。例えば、医療機器の分野では今、日本は世界の中で10%の市場しかない。45%が米国、15%が欧州である。日本市場だけでは大きなビジネスにならないのである。

 さらに注目すべきことは、現時点では日本と米国、欧州で70%の市場があるものの、これらの国や地域の人口を合わせても、全世界の一握りにすぎないこと だ。つまり、現在は市場の30%にすぎない国々でも生活水準が今後高まっていけば、さらなる市場の拡大が期待できる。医療の場合は、生活水準が同等になれ ば、人口比で市場も大きくなると考えられるからだ。

 世界市場を見据える上で、我々が掲げているキーワードが「アフォーダブル」である。アフォーダブルとは「必要十分」「手に届く」といった意味だ。つま り、最先端の技術であっても、手が届く価格で提供していくことが必要だという考えである。世界に市場が広がっていく中で、価格が高いために機器やサービス が浸透しないというケースは十分にあり得るだろう。アフォーダブルという言葉を常に意識することで、そのようなケースを極力避けていくつもりだ。