必要なのは「インテリジェンス」

 GEMITSは救急医療情報流通システムだが、そもそも「医療情報」とは何なのか。広辞苑によれば、情報という言葉には、「ある事柄についての知ら せ」、「判断を起こしたり行動を起こしたりするために必要な知識」、という二つの意味がある。前者はインフォメーション、後者はインテリジェンスと言い換 えられる。

 当然だが、救急医療の場合、インフォメーションは要らない。我々が欲しいのは、数十秒で判断するために必要な情報、つまりインテリジェンスなのである。どれだけ膨大な情報(インフォメーション)があっても、意味がない。

投薬歴などが分かる

 救急医療の現場で必要なインテリジェンスを得るカギとなるのが、GEMITSの軸となる個人識別カード「MEDICA」である。

 MEDICAは、病院の診察券の代わりに患者本人が持ち歩くもの。患者の情報を記録している非接触ICカードであり、救急隊員が所有している専用端末にかざすことでのみ、その情報を確認できる(図3)。

図3 救急時に「物言わぬ」患者の情報を得る
図3 救急時に「物言わぬ」患者の情報を得る
MEDICAを専用端末にかざすことで(a)、患者の情報を得ることができる(b)。(図:(b)は小倉氏の資料を基に本誌が作成)

 MEDICAに記録してあるのは、患者の氏名や年齢、性別、血液型といった基本情報に加え、例えば、既往歴や投薬歴、アレルギーの有無などである。誰でも思い付く項目だが、この情報のマスター作りに救急指導医のノウハウがつぎ込まれている。

 特に薬に関しては、重篤な患者本人から直接聞き出すことはもちろん、配偶者や家族であっても正確に把握していないだろう。一方で、投薬歴を知ることは非 常に重要である。「毒にも薬にもなる」という言葉があるように、危険な(つまり、よく効く)薬を出すためには、医師も覚悟が要る。しかし、投薬歴が分から なければ、危険な(よく効く)薬を出す決断ができない。投薬歴が分かるかどうかで、医療の質が大きく変わってしまう。

 2011年3月11日に発生した東日本大震災の被災地の救護所にも、我々の医療チームは継続的に出向いている。そこで困っていることは、やはり次の3点である。

・被災者の既往歴が分からない
・被災者の投薬歴が分からない
・移動時に診療情報を共有できない

 我々医師は、言い換えれば「患者の歴史」を治療している。患者のこれまでの治療の履歴を勘案しながら、さまざまな判断を下す。こうした判断の際に必要な最低限の情報を記録するのが、MEDICAである。

 MEDICAは、原則として本体に記録している患者情報を共有するシステムだが、万一の時にはバックアップ・サーバーから情報を共有できる仕組みを備え ている。カードを紛失したとしても、氏名と生年月日、住所が分かれば、このサーバーから情報を得ることができる。サーバーは、地震や津波に対しても耐えら れる強さを備えたデータ・センター内に設置している。

本記事は、2011年5月26日と6月9日に本誌とデジタルヘルスOnlineが開催したセミナー「次世代医療機器サミット2011」において、小倉氏が講演した内容を基に、加筆・編集したものである。