掃除機や扇風機、ラジオといった製品分野は、かつてはコモディティー化の最たるものだった。ところが、こうした分野で「飛び抜けた魅力」と「従来の数倍という価格」でヒットし、分野全体の平均単価を押し上げた製品群が登場してきた。その開発の裏側を取材すると、日本のメーカーがかつて持ち、苦境に立たされた今は忘れつつある「製品にかける思い」の重要さを、もう一度思い出させてくれる。3日連続で紹介する「脱安売りの極意」の第1回である。

(写真:寺尾玄氏の写真を除き各社)
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 掃除機や扇風機、ラジオといった製品分野は、かつてはコモディティー化の最たるものだった。製品にほとんど競争軸がなく、「安物しか売れない」と思われていたのだ。

  ところが、こうした分野で「飛び抜けた魅力」と「従来の数倍という価格」でヒットし、分野全体の平均単価を押し上げた製品群が登場してきた。英 Dyson社のサイクロン掃除機や羽根のない扇風機「エアマルチプライアー」、米iRobot社のロボット掃除機「ルンバ」、バルミューダの扇風機 「GreenFan2」、米Tivoli Audio社のラジオ「Model One」などだ。こうした製品は「物珍しい機能」や「奇抜なデザイン」で売れたように見えるが、決してそうではない。取材から分かったのは、いずれの製品 も本質的な機能を高めることだけを目指して開発されており、デザインも機能を突き詰めた結果にすぎないということだった。

  共通しているのは、「開発の中心になった個人がはっきりしており、その人物が製品に込めた思いが明確であること」である。Dyson社のすべての製品 は、自身も技術者であるJames Dyson氏の作品といっていい。ルンバは、現在はiRobot社のCEOを務めるColin Angle氏が「人を単純作業から解放したい」という思いで開発した。GreenFanシリーズは、バルミューダ 創業者である寺尾玄氏の「心地よい自然の風を再現したい」という一念で生まれた。Tivoli Audio社のラジオは、音響の専門家であるHenry Kloss氏が、その技術を惜しみなく注いで開発したものだ。

  「製品に思いを込める」と聞いて誰しも思い出すのは、「iPhone」を生んだ米Apple社のSteve Jobs氏だろう。同氏は、2005年に米Stanford Universityで行った伝説のスピーチを「Stay hungry, stay foolish.」(貪欲であれ、愚直であれ)という言葉で締めくくった。ユーザーに提供する価値だけを貪欲かつ愚直に追求するという彼の姿勢は、一生涯 ぶれることはなかった。最終的にユーザーの心をつかむのは、いつでも「愚直に開発された製品」なのだ。