図1 NeuroSky社は睡眠判定への応用も狙う睡眠の深さ(睡眠ステージ)の判定に,NeuroSky社の脳波センサを応用する例を示した(a)。(b)は電極部の拡大写真。(c)は,Stanford Universityの西野精治氏が取得した波形データ。睡眠判定に必要な特徴のある波形を取得できたとしている。(波形データは西野氏が提供)
図1 NeuroSky社は睡眠判定への応用も狙う睡眠の深さ(睡眠ステージ)の判定に,NeuroSky社の脳波センサを応用する例を示した(a)。(b)は電極部の拡大写真。(c)は,Stanford Universityの西野精治氏が取得した波形データ。睡眠判定に必要な特徴のある波形を取得できたとしている。(波形データは西野氏が提供)
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 脳計測のデータを活用し,ユーザーの意図を読み取って機器を遠隔制御する─。こういった試みは,以前からあった。それが,ここへきて急速に応用開拓が進みつつあるのは,三つの理由からだ。

 それは,(1)ユーザーの脳の活動を,電極を埋め込むなどの外科的措置を施すことなく(いわゆる非侵襲)読み取れる技術が進化したこと,(2)玩具/ゲームに向けた低価格の脳波センサが実用化され,他の機器でも利用可能になってきたこと,そして(3)脳計測機器の小型化やセンサの低価格化を実現するための技術が進歩したこと,である。

 (1)は,頭表上からの脳波データや,近赤外光を使った脳血流データなどの計測手段が進化したことで実現した。頭部に電極を埋め込むといった従来手法に比較して,利用シーンを大幅に拡大できる可能性がある注1)

注1) 高度な脳機能研究や,医療分野(脊髄損傷や筋ジストロフィーの患者の治療など)において,神経細胞の活動電位などをより詳しく取得したい場合など,侵襲型が優位性を発揮する場面もある。

 (2)は,NeuroSky社や米Emotiv Systems,Inc.など,玩具やゲームに向けた脳波センサおよびゲームの開発キットを提供する企業が登場したことが背景にある。

 例えばNeuroSky社は,ユーザーの額に1チャネルの電極を当てるだけでユーザーの集中度/リラックス度を判別できるシステムとして,機器メーカーに開発キットを提供している。医療分野で一般的に用いられる脳波計測装置(数十チャネルで脳波を測定する)と比較すれば,NeuroSky社のセンサはわずか1チャネルの脳波しか計測しないため,筋電などの雑音や周辺環境の影響を受けやすいというデメリットがある。しかし,玩具やゲーム用途において使い方を工夫すれば,商用になると同社は判断したようだ注1)。さらに,簡易に脳波データを計測できるとして,ヘルスケア分野やマーケティング分野での応用を目指す。例えば米Stanford Universityと共同で,睡眠時の脳波を簡易に計測する装置の実証実験を進めている(図1)。

注1) 米玩具メーカーのMattel社は,NeuroSky社の脳波センサを用いた玩具「MindFlex」を2009年末のクリスマス・シーズンに米国で発売した。「脳波で操作する」というキャッチフレーズで人気を集め,用意した数十万台を4週間で売り尽くす大ヒット商品となった。MindFlexの価格は約80米ドルであるため,脳波センサ周辺部品のコストはわずか10~20米ドルとみられる。

雑音のフィルタリングが肝に


 最後の(3)で挙げた計測機器の小型化やセンサの低価格化は,信号処理技術の進化などが後押ししている。

 例えば脳波計測の場合,頭表上から取得できる電圧値はわずかに数μVと小さく,周囲の雑音に埋もれがちだ。こうした雑音を取り除くためのフィルタ技術の進歩などで,簡易なデバイスでも小さな電圧変化の計測が可能になったとしている。「微弱な生体信号を読み取れるセンサ技術と,多数の雑音の中から所望の信号を取り出すフィルタ技術,そして読み取った波形の意味を解釈するアルゴリズムなどがポイントである」(NeuroSky社 Managing Directorの伊藤菊男氏)。

 近赤外光による脳血流計測の場合は,2波長レーザを活用したり,従来装置では不可欠の光ファイバを不要にしたりすることで,計測装置の小型化を実現している。
――続く――