素晴らしい理論は現世で役に立つ

 ただ,数学をあんまり鍛えると,仙人みたいになっていくんです。逆に言うと,仙人にならないと分からないわけですよ,数学って。私も数学をやるときは,体温をぐっと下げて,もう「話し掛けるな」と。周りに動くものがあると駄目で,全部を静めて邪念を払い,瞑想の境地に達したとき,数学の深い思考ができる。だから,朝起きたてとかがいいんですよ。妻は横で寝てますが「ちょっと,今動かないで」なんて(笑)。

 数学の美しさは麻薬みたいなものです。問題が解けたときって,やっぱりうれしいでしょ。数学者の多くは,あの強烈な感覚にやられる。そうすると,さらにのめり込んでピュアになって,それで仙人化しちゃう。

 でも,私は仙人になりきれなかった。素晴らしい理論というのは,現世で絶対に役に立つはずという信念があったからです。その感覚は,子供の時から実際に手を動かしていたからあるんだと思います。積み木で遊んだ時の触覚や,はんだ付けしたり,ICが刺さったりという,現実の質感ですね。はんだ付け,こう見えて今でも得意なんですよ。