海外派遣者が現地人スタッフにどれだけ受け入れられているか。これが、現地法人の士気を高め、業績を高める重要な要素であることは言うまでもない。そこ でまず、この数年で最も日本人派遣者が増えた中国での評価を見てみよう。具体的には、中国の日系企業で働くホワイトカラーの現地人スタッフに、直属の上司 (日本人上司と中国人上司)を62項目に渡って5段階評価してもらった。

 部課長クラスの日本人上司が同格の中国人上司の評価を統計的に有意に上回ったのは、「数字分析に強い」「専門知識が豊富である」など3項目だけだった (図3注2)。逆に、中国人上司よりも評価が下回った設問は、20項目に上る。際立つのは、「意思決定が速い」「仕事の優先順位が明確である」など、業務遂行やリーダーシップに関わる項目での評価の低さである。部下育成能力に関連する項目でも、「部下育成のためのチャンスを与えている」など多くの項目で 中国人上司の評価が高かった。

注2) 本文中で述べる調査結果は、「t-検定」で統計的に有意な差が見られた項目である。

図3 数字の分析には強く、専門知識は豊富だが…
中国の日系企業で働く現地人スタッフに部課長クラスの「日本人上司」と「中国人上司」の評価を尋ね、統計的に有意な差が出た項目の例を示した。多くの項目で中国人上司が高く評価されているという結果が出た。
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調査の概要

 今回の調査は、2008~2009年度の文部科学省の早稲田大学コンソーシアム(海外経営専門職人財養成産学連携プロジェクト、略称は「G-MaP」)で 実施したアンケート調査の一部である。中国とASEAN6カ国(フィリピン、インドネシア、タイ、マレーシア、シンガポール、ベトナム)、インドの日系企 業で働く日本人派遣者と現地人スタッフを対象に、書面とメールでアンケート調査を実施した。業種はエレクトロニクスや自動車、機械などの製造業を中心に、 金融や流通などのサービス業も含む。有効回収数は、日本人派遣者が880人(回収率60%、34社)、現地スタッフが2192人(同75%、88社)であ る。

 日本人と現地人の上司の比較では、「業務遂行能力」「部下育成能力」「信頼構築能力」などの分類の62項目について直属上司を5段階で評価してもらった。日本人と現地人の差異は「t-検定」で検定し、統計的に有意な結果を調べた。

 日本人派遣者のミッション達成度では、仕事の成果について六つの設問を用意し、自分の前任者や同格の現地人マネジャーと比較した際の自己評価を5段階で 聞いた。この結果から得た因子得点の平均値を「ミッション達成度」と定義した。これに加え、日本人派遣者の行動特性などの調査結果から抽出した「マネジメ ント能力」「リーダーシップ」「行動の柔軟性」「異文化への適応能力」という四つの因子と、「海外勤務年数」「海外勤務の希望の有無」「国別の差異」など のデータを組み合わせた回帰分析を実施した。

白木 三秀(しらき みつひで)
早稲田大学 政治経済学術院 教授
1951年滋賀県生まれ。早稲田大学 政治経済学部卒業、同大学 大学院博士課程修了。経済学博士。専門は社会政策や人的資源管理論。国士舘大学 政経学部 教授などを経て、1999年より現職。早稲田大学 トランスナショナルHRM研究所 所長や国際ビジネス研究学会 副会長、日本労務学会 副会長などを兼任。著書に『国際人的資源管理の比較分析』(有斐閣、2006年)、『チェンジング・チャイナの人的資源管理』(編著、白桃書房、2011 年9月)など。