独立記念日でも休む暇はない

 Microsoft社とNuance社という心強い味方を手に入れたSYNCの開発は,その後,快調に進む。2007年1月に開催される展示会にも何とか間に合い,全世界の報道機関に試作機を公開することができた。ただ,そこで見せたものは「ぎりぎり安定した」(Jablonski)端末だった。実際,試作機を用いた初期の車内テストを行ったのは,展示会が始まるわずか2週間前。スケジュール的にもぎりぎりだった。

2009年5月,Ford社は100万台目のSYNC搭載車をMicrosoft社 CEOのSteve Ballmer氏(自動車の前に立つ左側の人物)に贈呈した。同氏の右側に立っているのはFord社 President兼CEOのAlan Mulally氏。(写真:Microsoft社)

 開発チームに与えられた次なる目標時期は2007年秋。ここで,いよいよSYNCを発売するのだ。開発チームはラスト・スパートに入る。発売まで残り6カ月になると,Ford社のメンバーは時差が3時間あるMicrosoft社側のメンバーと話し合うため,夕食時に自宅に戻れない日もしばしば。また,こんなこともあった。Ford社はコスト削減のために,米国独立記念日である7月4日を含む1週間を強制的に全社一斉休暇にした。だが,SYNCの開発チームは蚊帳の外。メンバーたちは,誰もいない会社に出勤し続けた。

 こうした状況ではあったが,メンバーたちは非常にやりがいを感じていた。「開発を進めている間,幹部たちは製品機能の詳細には口出ししなかったし,多くのことを現場レベルで決めることができた」(Jablonski)からである。それまでのFord社であれば,あり得ないことだった。

Gatesも賛同した広告戦略

 こうしてSYNCは2007年秋,2008年型「Ford Focus」向けのオプションとして無事発売されることになる。価格は395米ドル。同時に,Ford社とMicrosoft社は共同で,テレビや雑誌などの広告キャンペーンを大々的に展開し始めた。

 このキャンペーンは,Ford社が掲げた「Go Big戦略」の一つにも位置付けられた。Ford社には「SYNCは必ずヒットする」という自信が芽生えていた。2007年2月,当時Ford社のExecutive Vice President兼The Americas,PresidentだったMark Fieldsは, Microsoft社のBill Gatesとの会議を開いた。この席でFord社は広告キャンペーンのために6000万米ドルを投入することを明らかにし,Microsoft社にも6000万米ドルを捻出するように提案する。「OK!」。Gatesもこの話にすぐに乗った。

 こうした戦略が功を奏し,SYNCを搭載したFord車は2009年5月に累計100万台を超えることになる。Microsoft社にとっても,SYNC向けソフトウエアは同社の車載向け製品の中で最も“売れた”ソフトウエアになった。

どんどん成長するSYNC

 第1弾のSYNCを発売した後,Ford社はSYNCに新しい機能を順次追加していった。例えば,2009年型車で付け加えた機能は二つ。一つは,事故を起こしたとき,SYNCに接続してあるユーザーの携帯電話機を介して自動的に緊急通報を発信するというもの。もう一つは,同じくユーザーの携帯電話機を介して,ユーザーがアクセス可能なWebサイトに車両情報を転送するというものである。さらに,2010年型車ではGPS機能を加えて,カーナビも実現させた。

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