一方で、科学的検証の重要度が増すことは、検証手法を提供するエレクトロニクス技術にこれまで以上の関心が集まる大きなキッカケになる可能性がある。これが新しいセンサ技術や計測手法の開発につながれば、スポーツをキッカケにした技術の進化が本格化することになるだろう。

産総研とヨネックスが共同開発したゴルフ用シューズ。 「パワークッション」と呼ぶ高性能の衝撃吸収材を組み合わせた。 石川遼選手は2011年から実戦で使用しており、 一般向けにも販売している。
産総研とヨネックスが共同開発したゴルフ用シューズ。 「パワークッション」と呼ぶ高性能の衝撃吸収材を組み合わせた。 石川遼選手は2011年から実戦で使用しており、 一般向けにも販売している。
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実験で用いたひずみゲージを取り付けたシューズ。
実験で用いたひずみゲージを取り付けたシューズ。
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 産総研の持丸氏らの研究グループは、スポーツ用品大手のヨネックスと共同でゴルフ用シューズを開発した経験がある。ヨネックスがスポンサー契約を結ぶプロゴルファーの石川遼選手向けのモデルだ。

 持丸氏らが着目したのは、シューズの鋲。その最適な配置を検討することで、スイング時の身体のエネルギーを効率よくボールに伝える。これを実現するには、靴底にかかる水平方向の力を計測する必要がある。そのために、鋲の一つひとつにひずみゲージを取り付ける計測手法を採用した。この計測手法とモーション・キャプチャー装置による身体の動きの計測などを組み合わせて検討した結果、左右のシューズで非対称の鋲の配置を見いだした。ゴルフの上級者の10人ほどを被験者にして実際にボールを打ってもらう比較実験では、飛距離が平均で7ヤード伸びることが検証できたという。

 持丸氏は、スポーツ分野とエレクトロニクス技術は、今後さらに結び付きを強めると見ている。例えば、スポーツ用品メーカーが自社で運営する販売拠点で取り組む顧客の足形の測定。足のサイズや形状に合ったシューズを提供するための取り組みだ。これは、顧客サービスであると同時にマーケティングのデータにもなっているという。何千人、何万人の足形の統計データが、新しいシューズ開発の大きなヒントになるからである。

スポーツにエレクトロニクスが協力できること

 「今後は、『体験を売る』ことの重要性が増す。これは、スポーツでもエレクトロニクス分野でも同じだろう。そのためのツールが、インターネットのWebサービスであり、スマートフォンのような携帯端末。デジタル・スポーツで計測した身体の動きは、顧客に分析結果を提供するためデータとして使えると同時に、マーケティングのためのツールでもある」と、持丸氏は指摘する。

 「例えば、米Microsoft社の『Kinect』のような距離画像センサを使えば、特別なツールを使わずに身体の動きや形状を簡単に計測できるようになる。これにWebサービスを組み合わせることで、専門家の意見をインターネット経由で得られる仕組みを実現可能だろう」(同氏)。

 「体験を売る」――。これは、デジタル・スポーツ分野で起業するベンチャー企業などが共通して意識している点だ。脱売り切りビジネスを模索する国内エレクトロニクス業界の大きな課題でもある。大きなポイントは顧客との接点を、いかに構築するかということだろう。それは、インターネットのWebサービスかもしれないし、直営店のようなリアルの場であるかもしれない。言い換えれば、自社の機器やサービスを何度も繰り返し使ってくれるリピーターを増やすことにも通じる。

 「『スキルが向上したことを実感できる』『同じ趣味を持つ仲間と励まし合える』。こうした環境づくりにエレクトロニクス技術は協力できる」と、持丸氏は分析する。エレクトロニクス技術を用いた科学的視点で「人間と向き合う」ための実験場であり、新しいビジネスにつながる大きなヒントが隠れている分野。それがデジタル・スポーツなのだ。