日本初のエアバッグを開発した小林三郎氏(写真:栗原克己)
日本初のエアバッグを開発した小林三郎氏(写真:栗原克己)

――ホンダの企業文化や仕掛けは確かにイノベーションを加速する強力な仕組みだと思う。しかし、一朝一夕につくれるものではない。日本においてイノベーションの危機を迎えている今、我々は何をすればよいのだろうか。

 イノベーションを開花させる土壌を回復させるために何をすべきか。それは確かに大きな問題だ。それに関しては後で話そう。その前に、イノベーションを生み出す基盤のある種のはかなさを指摘したい。ホンダでは企業文化や仕掛けがイノベーションを加速する装置になっているが、こうした企業文化や仕掛けは、1度壊れたら回復するのは非常に難しいということを肝に銘じておかなければならない。

 企業文化や仕掛けはそれぞれが独立しているのではなく有機的につながっているからだ。たとえ短期間であっても、イノベーションへの投資をゼロにするということは、こうした企業文化や仕掛けに決定的な影響を与える。最悪の場合は、もう1度最初から構築しなければならない。この際、それぞれの要素が相互に関係しているので簡単にはいかない。例えば、「ワイガヤ」は「自律、平等、信頼」がなかったらうまく機能しない。ワイガヤだけ復活させてもダメだ。こう考えると、現在の日本企業のイノベーションの危機は、途方もなく深刻なのである。

――日本企業のイノベーション力の低下は根が深いということか。

 そうだ。社長がリーダーシップを発揮して、イノベーションに取り組むことが復活への早道だが、現状ではイノベーションの本質を理解しているトップはほとんどいない。

 ホンダを例に、いかにしてイノベーションを加速する企業文化と仕組みが出来てきたのかを考えたい。それは、ある意味で奇跡だった。

 まず、ユニークな考えと強力なリーダーシップを持ったおやじ(本田宗一郎)という天才がいた。当時は町工場だから社員の顔が全部見えた。おやじはしょっちゅう夢や理想、仕事への取り組み姿勢などを熱心に話していたという。仕事の最中にも「ホンダは何のために存在するのか」と突然聞いてくる。答えに熟慮が足りないと瞬時に怒り、怒ったときには殴りつけることもあった。そんな濃密な環境の中でいや応なしにおやじの考えをみんなで共有することができた。

 こうした直弟子たちは、ホンダが成長して大きくなる中で責任ある立場に就いていった。そしておやじから学んだことを部下たちに叩き込んだ。「俺が死ねと言ったなら、おまえは死ぬのか」や「君は本当にラッキーな技術者だ」「一言でいうと何だ」「おまえには500億円の価値がある」「あなたはどう思う。そして何がしたい」といったおやじの言葉が引き継がれていった。

 しかし、組織の規模が1万人を超えると、こうしたやり方はなかなか通じなくなる。